「これでどうよ」
太陽が顔を覗かせ始めた時、私は旅の予定表を机の上に広げた。
タイトル:一泊二日の一人と一匹旅!
1日目 6時・出発→8時・本土に到着→観光(詳細はイラストマップにて)→12時・昼食→観光→18時・夕食→観光→21時・宿に到着
2日目 8時・出発→観光→昼食→観光→20時・島に帰還→家に帰る
行きたい所やお土産リストなんかを緻密に書き込んだ、自慢の旅のしおりだよ!
〝予定入れすぎだよね。どう考えても全部回れないよね〟
ざっと見通したフラッチーが、言う。
「うっ」
もっともな指摘に言葉が詰まる。まあ、確かに色々書き込みすぎたかもしれない。
「せっかく行くんだったら、色んな所に行きたいし。頑張ればなんとかなるはずだよ」
〝だからって無理がありすぎるよ。二日で日本を回り切ろうだなんて……それに、絶対お金足りなくなるよね〟
分かりきっていたことだけど、改めて言われてしまうとぐうの音もでない。ノリノリで作っちゃったのがまずかったかな。ああ、一晩がんばったのになぁ。
作り直そうと思った時、脱力感が体から溢れてきて欠伸を一つ漏らした。
「うーん。とりあえず寝るよ。予定表はそれから」
私は目尻を拭いながら立ち上がり、倒れこむようにベッドにダイブした。やっぱり夜更かしはするもんじゃないなぁ。
意識が朦朧としているなかで、声が私の頭に響いてきた。
〝しょうがないなぁ。ここは一つ、あたしが手を打ってあげようじゃないか〟
声の主であろう小さな物体が部屋を出て行くのをぼーっと見送りながら、私は眠りに落ちた。
声が聞こえた。私を呼ぶ声。無邪気で、慣れ親しんだ声。私は体の全てで、それを感じ取る。一面が青に広がる世界で、その声を頼りに私は進んで行く。
〝ららー〟
ほら、聞こえる。いつでも、どこにいても。
〝うららってばー!〟
聞こえて……ん? うらら?
微睡みの中から意識が覚醒していく。目を開けてみると、さっきの夢とは打って変わって現実的な世界が、私の周りに広がっていた。目の前にはフラッチーがいる。
〝おはよう。お母さんが呼んでたよ〟
無邪気な慣れ親しんだ声で、彼女はそう告げる。
「んんー。今何時だっけ」
上体を起こし、壁に掛かっている時計を見る。時刻は十時を少し過ぎたところ。
「あー。結構寝ちゃってたね」
そのままぼーっとしていると、さっきの夢の事が気になってきた。
そういえば、どうして私はうららと呼ばれたことに違和感を持ったんだろう。いや、夢のことなんだから、そんなに深く考える必要は無いかな。
服を着替えると、まだ重たい瞼を擦りながら私は洗面所に向かった。
〝すごい隈だね。なにも徹夜する必要はなかったのに〟
言われて鏡を見ると、確かに私の目の下にはくっきりと隈が浮かんでいた。これは目立つなぁ。
「そんなつもりはなかったんだけど、だんだん楽しくなってきちゃって」
〝なるほど。深夜の変なテンションが、あの無計画な計画を産み出しちゃったわけか……〟
憐れむように目を伏せるフラッチー。それはもういいじゃないの。
「そういえば、さっき何か言ってなかったっけ? 私が寝る前にさ」
ふと気になったことを聞くと、フラッチーは自信に満ちた顔で言う。
〝ああ、旅のことだよ。ジープが日本を旅して回るんだったら、それに着いていくのはどうかなーと思って、ちょっと相談してたんだよ。どう? いい案でしょ。うららが計画を立てる必要もないしさ!〟
まーたこの子は勝手なことを。ていうか最後強調しないでよ。私だっていつもは人並みの計画性があるんだから。
「それで? ジープさんは何て?」
〝快くオーケーしてくれたよ。一人で行くのが不安だったら、そうするのもいいんじゃないかな〟
なんだ、今回は強制じゃないのか。でも、そうだね。ちょっと不安はあるかも。
身支度を終えた私は、旅の事を色々と考えながらキッチンに入った。私を呼んでいたお母さんは、食器を洗っているところだった。
「おはよう。何か用?」
「おはよう。何か用?」
「あんたいつまで寝てんのよ、ってうわ、何その隈。徹夜でもしてたの?」
開口一番に小言を言ってきたお母さんは、私の顔を見て少し引いていた。傷つくなぁ、そんな反応をされると。
「旅の計画を練ってたら、その、いつの間にか、太陽が……」
言い訳じみたことを言っていると、「は? 旅?」という以外な答えが返ってきた。
「今年は旅行に行く予定無いわよ?」
「え、いや昨日の夜に一人旅するって言ってたでしょ」
本当は一人じゃないけど。
するとお母さんは、目を伏せ黙り込んでしまう。しばらくして。
「記憶に無いわねぇ」
「な⁉︎」
そんなはずは。だってちゃんと了承してもらったし。あれ、でもよく考えたらお母さんがそんな簡単に許可してくれるわけないよね。ということは、夢? どうしよう! 私、夢と現実の見分けがつかなくなっちゃったのかな⁉︎
「そういえば昨晩の記憶がはっきりしないわねぇ。お酒飲みすぎたのかしら」
「お、さけ?」
つまり、酔ってたから忘れちゃったと。じゃあ夢と現実がごちゃごちゃになってるわけじゃないんだ。よかったぁ。
じゃなくて。
「だーからすぐにオーケー出してくれたのね。まあいいや。とにかく、そういうわけだからさ。夏休み中にどこか行こうと思ってるんだけど」
「ふーん。却下」
「……え?」
予想もしていなかった言葉にしばし呆けてしまう。その不意打ちに続き、お母さんはさらに畳み掛けてくる。
「だいたい一人旅ってあんたねぇ」
以下、色々と説教されました。一番きつかったのは、それを皿洗いの片手間にされてたことかな。
「うぅー。でもお母さん。ちゃんとお金も自分で用意するし、一泊だけだからさー」
それでも懲りずにおねだりしていると、お母さんは呆れたように溜め息を吐く。
「じゃあ、どうして行きたいのか、どれだけ行きたいのかを私が納得できるように示してくれたら、考えてあげなくもないわよ」
な、なんという上から目線……! だったら、ぎゃふんと言わせるような本気と熱意を見せてあげようじゃないか!
そう思った矢先、私のお腹からくぐもった音が聞こえてきた。そういえば、昨晩から何も食べてないんだった。
「えっと、とりあえず、朝ごはんを」
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