2015年11月4日水曜日

7楽章〜その3

 机を挟んで対面する二人。なんていうか、気まずい。

「えっと……お茶、淹れてきますね」

 ひとまずこの空気から逃げ出すため、私は台所に向かった。朝お母さんが淹れ置きしていた麦茶が残っていたので、二つのグラスに氷と共に注いだ。

 ジープさんは、一体なんの用があって私の部屋に来たんだろうか。気持ちが落ち着いてきた私は、そんなことを考えながら部屋に戻った。

「どうぞ。粗茶ですが」

 グラスを二つ、机の上に置く。再び対面に座り、さて、何を話せばいいものやら。

    話題を探していると、ジープさんの方が先に口を開いた。

「ふー。このお茶はサッパリして美味しいデスネ。ところで、用事というのは、さっきのことデスカ?」

「え? どういうことですか?」

    ジープさんの口ぶりからすると、誰かに呼ばれて来たみたいだけど。

「ワタシは彼女に用があると言われて来マシタ」

 ジープさんの視線の先にある彼女、つまりフラッチーに呼ばれて来たと。なるほどねーと睨めつけてやると、当の本人はふふんと勝ち誇ったように笑った。ああ、これは完全にしてやられてしまいましたわ。

〝ほら、早く言っちゃいなよ〟

 そこへさらに追い討ちをかけてくるフラッチー。こうなったら、もう覚悟を決めるしかないか。深呼吸して、もう一度気持ちを落ち着かせる。

    よし、強気でいこう。だいたいこんなへんちくりんなのがいくつも居たら堪ったもんじゃないよ。ジープさんの反応が薄いか、もしくは驚き過ぎて体が硬直しちゃったとかそんなだよ。

    数分間の沈黙が過ぎ、ようやく私は決意する。

「その、ジープさんのことなんですけど、フラッチーを見ても全然驚いてなかったから、前にもそういうの見たことあるのかなって」

「そのことデスカ。それはもちろん」

 その答えで、勝敗は決してしまう。私はごくりと唾液を飲み込みながら、その答えを待つ。

「もちろん、ありマス」

 私の期待を裏切るように、ジープさんは無慈悲に告げるのであった。

「ワタシが住んでいるところのビーチには、よくイルカが流れ着いてきマス。そこでワタシはフラッチーさんのような不思議なイルカに出会ったことがあるのデス」

「そうだったんですか。だからそんなに慣れてるんですね」

    内心ではショックを受けながらも、平静を装って言葉を返す。

「ハイ。でもここにもいたことには驚いたデス」

 そっか。じゃあいろんなところにいたりするものなのかな。

 ジープさんは麦茶を飲み干すと、「それにしても」と続ける。

「彼はワタシを色んなところに導いてくれた、よきフレンドだったデス」

 感慨深げにいうジープさんのその言葉に、私は疑問を感じた。

「だった、って、どういうことですか?」

「いなくなったデス。成仏したんだと思いマス」

 成仏。そっか。フラッチー達は幽霊だから、それは当然のことなんだよね。むしろこうやって魂が残ってることの方が異常なんだから。

「ありがとう、ジープさん。ごめんなさい。こんなことにつき合わせちゃって」

「いえいえ。うららさんとお話ができて楽しかったデス」

 ジープさんは爽やかスマイルでそう言い残し、部屋を出ていった。その笑顔を見て、夏姉が惚れるのも分かるような気がした。

 それにしても、成仏かぁ。フラッチーも、いずれは。そう考えた時、胸にチクリと痛みが走った。

〝で、賭けのことだけどさ!〟

 当の本人は、そんなことはお構いなしとばかりにハイテンションで話を進めようとする。まったく、空気読め。

「はぁー。分かった、私の負けだよ」

 本人に証言されたんじゃあ、どうしようもない。

〝いよっしゃー! 勝ったー!〟

「ちょっ、うるさい。うるさいから」

 そう言いながらも、はしゃぎまわるフラッチーを見て、今までやってきたことが馬鹿らしく思えてきた。

「それで、私は何をすればいいの?」

 賭けに負けたら勝った方の言うことを聞く、という約束をしていたのだ。私が投げ遣りに聞くと、フラッチーは無邪気に答える。

〝うん、旅に出よう!〟

「……は?」

〝だから、旅だよ旅!〟

 よくわからないけど、どうやらこの子は旅に出たいらしい。

「うーん。今年は家族旅行に行く予定ないけどなぁ」

〝そうなの? じゃあ今年は一人旅してみたら? って、あたしもいるから一人じゃないやないかー!〟

 一匹漫才で盛り上がるフラッチーである。

「無理だよ。お金たくさんいるし、そもそも行かせてくれるかどうかも分からないんだから」

 約束がある以上、断ることはできない。だったら、約束をしてない人に断ってもらおう。
    ということで、早速リビングに向かった。いつもより顔の赤いお母さんがソファでくつろいでいたので、さくっと聞いてみる。

「旅? いいわよ」

 即答だった。

 気を取り直して、今度はお父さんに反対をいただきにいく。

「おお、行って来い! ただし、危ないことはするんじゃないぞ」

 反対するどころか、嬉しそうだった。ついでに、お父さんは旅の途中でお母さんに出会ったんだという惚気話までされてしまった。

「なんで⁉︎ どうして誰も反対しないの⁉︎」

 お父さんはともかく、お母さんがあんなにあっさりと許可をくれるなんて有り得ない!

〝つまり、そういうことだよ。むしろ、よかったじゃん!〟

 両親の許しが出た。今までなんとなく貯めていたお金と夏休みのお小遣いを合わせれば、行けないことはない。神が私に行きなさいと、そう告げているのだろうか。

 こうなったらもう、とことんやっちゃおう。中途半端が一番ダメだからね。そうと決まればまずは、計画を立てなければ。

「行くとしたら、どこがいい?」

〝さぁ〟

「じゃ、じゃあ何日くらいがいい?」

〝さぁ〟

 …………ダメだこりゃ。無責任すぎる。

「あのさ、どこに行きたいかとか言ってくれないと困るんだけど。旅に出たいって言ったの、フラッチーでしょ」

〝うーん。あたしはうららと一緒に行けたらどこでもいいんだよね。大切なのは旅をすることだから。だから、うららが行きたいとこ選んでいいよ〟

 咎めるつもりで言ったら、そう返されてしまった。もう何を言ったって無駄だと思った私は、仕方なく自分で計画を立てることにした。



イラスト byうらら

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