2015年12月2日水曜日

7楽章〜その5

 旅に出たい理由を伝えるっていっても、よく考えたら私、そんなに行きたいわけじゃないんだよね。そもそも言い出しのはフッラチーなわけだし、許可もらえない方が好都合じゃない。最初はそれが目的だったんだから。

 けれど、私はフラッチーと旅をしてみたい。どういう心境の変化かは分からないけど、今はそう思うようになった。

「やっぱアレかな。お母さんに反対されたせいで、反抗心わいちゃったとか」

〝えー昨日から既に行く気満々だったと思うけどなー〟

 少し時間が欲しい、ということで食後、私は自室に戻って来た。考えるべきは、どうお母さんから許可を得るか。

「ていうか、またお母さんを説得しないといけなくなったじゃない。はぁ、どうしよう……」

〝悩むことないと思うけどなぁ。本気で行きたいと思ってるなら、ちゃんとお母さんに伝わるよ〟 

 フラッチーは楽観的にそう言うけれど、さっきは全然伝わってくれなかったんだよねぇ。

 と、そんな私に、フラッチーはこう告げる。

〝あたし的には、まだまだ気持ちが足りてないんだよね。うららは確かに旅をしたいと思っている。それは分かるよ。でもその理由は? あたしに言われたからとか、そんなんじゃダメだよ。それに、今の君たちには旅ってけっこう大変なことだから、そういうのをちゃんと理解しないと、お母さんは行かせてくれないんじゃないかな。だってほら、何があっても自己責任でしょ。だから、大海原へ踏み出すような覚悟を持たないとね〟

 覚悟か。そんな大層なものが、今の私にあるだろうか。

「分かった。 ちょっと考え直してみる。ありがとね」

〝うむ、精進したまえ〟

 言うと、フラッチーは微笑をたたえる。それを確認してから、私は思考モードに入った。

 フラッチーは、気持ちが足りないと言った。それは旅の目的、理由が定まってないからだと思う。

 そもそも何故私は旅がしたいと思うようになったんだろう。計画を練っているうちに楽しくなってきたから。お母さんに反対されたから。いや、そんな理由じゃないはず。だって、フラッチーに〝旅に出よう〟と言われた時、それを想像した時に、ワクワクするような感覚があったんだから。つまり、最初から行きたいと思ってたんだよ。心の中では。

 その理由は、やっぱり分からない。けれど、フラッチーと旅に出ればその理由が分かる気がする。それだけじゃなくて、今まで漠然と感じていたものが、はっきりと形になるような気がするんだ。

 そう。だから私は、フラッチーと旅がしたいんだ。

 考えがまとまると、気持ちがスッと晴れやかになった。旅への思いも、強くなった気がする。なんなら今すぐにでも行きたい気分。

 鉄は熱い内に打てって言うし、この気持ちが静まる前に、旅の支度もお母さんへの説得も終わらせてしまおう!

 私は勢いよく立ち上がり、グッと拳を固める。

〝お、なんか火がついたね。覚悟は決まったのかな?〟

「うん! 今ならお母さんなんて余裕だよ!」

 私は一階に下りると、すぐにお母さんを発見する。雑巾を持っているから、掃除中だろう。

「あの、話があるんだけど、今いいかな」

 声を掛けられたお母さんは私を一瞥する。しばらく訪れた沈黙を不思議に思っていると、お母さんが口を開いた。

「もうすぐ終わるから、ちょっと待っててくれる?」

 気のせいか、いつもと声のトーンが違うように聞こえた。

「うん。分かった」

 私は早る気持ちを抑え、リビングのソファに腰掛けて一息つく。

 待つことしばし、台所から二人分の紅茶を持ったお母さんがやってきた。片方を私の前に置く。
 
 私の対面に腰を下ろしたお母さんは、紅茶を啜ってから「話っていうのは旅のことかしら?」と切り出した。私はその眼差しに緊張を感じ、乾いた口を潤すためカップに口を付けた。

「うん。そうなんだけど……やっぱり私、行きたい。旅がしたい」

「理由は?」

 お母さんは静かに尋ねた。そこにいつも以上の威圧感を感じ、私は少し萎縮してしまう。

 大丈夫。落ち着いて、しっかり伝えれば分かってくれる。

「それは……」

 言いかけて、言葉に詰まる。

 あれ。でも、どう伝えればいいんだろう。私は理由を探すために旅がしたい、要は自分探しがしたいというわけだけで。それにはフラッチーの事も関わってくる。けれどそれを言っちゃうわけにはいかないし、かといってそこを省いてちゃんと伝えられる自信もない。

 どうしよう、全然まとまってないじゃない! 誰よ! お母さんなんて余裕とか言ったのは!

 取り乱しそうになる気持ちを落ち着けるため、紅茶を口に含む。斯くなる上は。

「理由なんてない! ただ行きたいと思ったから行くだけだよ!」

 勢いに任せて押しきろうという作戦である。けれど、お母さんはそう甘くはない。

「あんた、バカなの? そんなのでいいと思ってるわけ?」

 真顔で即答された。

「で、ですよねー」

 やっぱりちゃんと伝えるべきだろうか。でも、言ったところで信じてもらえるのかなぁ。

〝大丈夫だよ! 強い思いがあれば!〟

 そんな私を察してか、フラッチーが励ましてくれる。

 そうだよね。ここで黙ってるよりは、一か八か、当たって砕けろだ。

 深呼吸して、気持ちを高める。旅がしたいという思いを込めて私は語り出した。

「ごめんなさい、お母さん。実は、一人旅っていうのは嘘なの。本当は友達と一緒なんだ。私はその友達に誘われて、それで行きたいって思ったの。理由は、なんかよく分かんないけど、その子と一緒に旅をすれば、悩みっていうか、モヤモヤしたものがこう……なんていうか、えっと……とにかく変なの。その友達ちょっとっていうかかなり変わってて、不思議なこと教えてくれたりするんだけど、それを知るとよく分からない気持ちになることがあって。つまり、そういうのがはっきりするんじゃないかって、そんな気がしたの。だから、行ってみたいの」

 自分の今の正直な気持ちを伝えたはず。これで駄目なら、潔く諦めよう。そう思いながらお母さんの返答を待つ。

「それがあんたの理由なのね」

「うん」

 お母さんをまっすぐに見据え、真剣に頷く。後は態度で訴えるしかない。

 お母さんは、私を吟味するように黙している。やがて、口を開いた。

「そう。あんたが本気なのは分かったわ。でもね、色々と問題があるのよ。未成年だけで宿泊したりするのは」

「え、そうなの?」

 予想外の伏兵に素で聞き返してしまう私。

「そうなの? ってあんたね、そんなことも知らずによく旅だなんて言えたわね」

「う、それは」

 助けを求めてフラッチーに視線を送ろうとするも、さっきまで居た所にその姿は無かった。どこに行ったのよーと視線を彷徨わせていると、急にリビングの扉が開いた。

「それなら問題ないデース」

 そう言って入ってきたのは、ジープさんだ。

「ワタシがついていけば大丈夫デス」

 いきなりの登場に驚く私たち。先に状況を理解したお母さんがどういうことかと尋ねた。

「元々ワタシは観光をするつもりだったので、保護者として一緒に旅行すれば一石二鳥なのデス」 

「それは、そうかもしれないけれど、いいのかしら。あんたも、あんたの友達も」

「え、あ、うん。それは全然オッケーだよ」

 だってその友達が言い出したことなんだから。

「そう……なら、お願いしていいかしら?」

 お母さんはしばらく悩んだ末、ジープさんにそう頼んだ。ジープさんは爽やかな笑顔で「もちろんデス」と答える。

 そしてお母さんは私に向き直る。

「危ないことはしない。迷惑かけない。分かったわね?」

「それは、つまり、許可してくれるってこと?」

 実感がわかず聞き返すと、お母さんは「そうよ」と頷いた。



イラスト byうらら

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