その後も有名なジェラート屋さんに寄ったり、帰り道の海岸沿いをゆっくり走ったりなんだりとしていたので、家に着いたのは日が暮れ始めた頃だった。
「ニッポン、すばらしかったデス。ありがとうデス」
「それはよかったわ。それじゃ、さっそく天ぷらを用意するから、くつろいで待っててくださいね」
「テンプラ! そうデス。それもあったデース!」
リビングで二人のやりとりを眺めながら、私は作戦を練っていた。フラッチーに「任せて」とは言われたけれど、これは自分でなんとかしないといけないと思うんだ。
私はキッチンに行き、料理を始めようとしているお母さんに一つお願いする。
「ねぇ、お母さん。これも一緒に揚げてくれない?」
そう言って取り出したのは、大豆ミート。私はこれが今回のカギになってるんじゃないかとにらみ、こっそり買っておいたのだ。
それを見たお母さんは、やっぱり渋い顔をする。単に嫌いなだけって可能性もあるけど、あの時のことが関係しているんだと思う。
「ていうか、どうしたのよそれ。私そんなの買った覚えないわよ」
お母さんは迷惑そうにするものの、私はお構いなしに頼む。
「ちょっとでいいから、お願い。食べてみたいの」
そうやってしつこくねだっていると、お母さんは面倒くさそうに溜め息を吐く。
「分かったわ。じゃあそれの下処理しといて」
「やった!」
私は大豆ミートを袋から取り出し、水に浸して置いておく。ふやけてきたら、今度は水分を搾り取ってザルに移し替えた。これで下処理は完了。
「次は何するの?」
「そうね。後は私がするからもういいわよ」
「わ、分かった」
言い方は優しいものの、邪魔だからあっち行けという雰囲気を感じ、そそくさとキッチンを出ていく。ソファに腰掛け、まずは一安心。
ふと隣を見やれば、そこにはジープさんがウキウキと座っていた。よほど天ぷらに興味があるんだろう。心待ちにしているのがありありと伝わってきた。
なんだか可笑しくて、しばらくその様子を眺めていた。それに気付いたのか、ジープさんがこっちを振り向く。
「どうしたデスカ?」
「あ、いや。なんでも」
と、そこでフラッチーが介入してくる。
〝うららはジープに聞きたいことがあるんだよねー〟
いきなり頭上に現れては、そんな発言を投下していく。なんてことを! と視線を送ると、フラッチーはニヒヒと意地悪く笑う。
「聞きたいこととは、何デスカ?」
「え、そ、それは……」
聞きたいこと、というよりは聞かなければいけないこと。霊的なものが見えるというジープさんの特性について。
フラッチーの言うようなことはないと考えていても、彼女の態度を見るとそれが本当のように思えてきて、聞くのが怖くなってしまう。この際、思い切って聞いてみようか。いやいや、やっぱりこのまま誤魔化して有耶無耶にするべきだよ。……でも。
〝さあ、うらら〟
「シャイにならなくてもいいデスヨ」
一人と一匹に追い詰められそうになった、その時。
「うららー。ちょっと手伝ってー」
お母さんの底抜けな声が部屋に響いた。
「あー、命拾いしたー」
器やお皿を食卓に運びながら、私は安堵する。
私が全然聞こうとしないから、ついにフラッチーが動き出しちゃったかぁ。この先どうしたらいいのやら。
「ブツブツ言ってないで早く運びなさいよったく鬱陶しい」
お母さんの小言が炸裂。声に出ちゃってたのか。でもその通りだよね。それに今気にすることはそっちじゃないし。
食事の準備も整い、皆で「いただきます」と合掌。さっそくジープさんがメインディッシュに手を出す。
「これが、テンプラ……サクサクしてておいしいデース!」
「ふふふ。気に入ってもらえて嬉しいわ。たくさん食べてちょうだいね」
いつもの安い食材とは違うから、そりゃもうすごく美味しいはず。実際に食べてみると、やはり期待通りの美味しさだった。この風味豊かな素材の味。
「これだよ。これを待っていたんだよ」
それもこれも、フラッチーとジープさんのおかげだね。感謝しないと。
〝いいなぁあたしも食べたい〟
羨ましそうな視線が私に降りかかる。そんなこと言われてもフラッチーは食べられないし、そもそもイルカはこんなの食べないでしょ。
さて、それじゃあ本題に入ろうかな。
「ねえお父さん。この唐揚げ食べてみて」
こんがりと美味しそうに揚げられたそれを、お父さんにすすめる。実はこの唐揚げ、大豆ミートで出来ているんだけど、お父さんはそれを知らない。
しばらく咀嚼して、「うん。うまいぞ」と簡素な感想を言う。それから少し首を傾げて。
「ん? なんかいつもと違う気がするな。これ何の肉使ってるんだ?」
「実はね、それお肉じゃないんだよ」
それから、原料について簡単に説明する。それを聞いてお父さんは、もう一つゆっくりと賞味する。
「……言われてみれば、そんな感じがしないでもないな。でも、なかなかうまいじゃないか」
「昔と言ってることが違うじゃないの」
それを聞いたお母さんが、不機嫌そうに口を挟んできた。
「昔ってなんだ? 前にも食べたことあったか?」
お父さんは全く覚えていないようで、その反応にお母さんは深い溜め息を吐いた。
「大豆ミート、美味しいデスヨネ。ワタシもよくミートパイにして食べてマス」
KYなのかマイペースなのか、静まり返った空間に、ジープさんの声が響いた。
「ミートパイって、どんな食べ物なんですか?」
変な空気になってしまったのを元に戻すため、会話を繋げようと口を開いた。それ以降はおしゃべりも弾み、楽しい食事の時間が過ぎていった。
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