2015年10月7日水曜日

7楽章〜その1

 その後も有名なジェラート屋さんに寄ったり、帰り道の海岸沿いをゆっくり走ったりなんだりとしていたので、家に着いたのは日が暮れ始めた頃だった。

「ニッポン、すばらしかったデス。ありがとうデス」

「それはよかったわ。それじゃ、さっそく天ぷらを用意するから、くつろいで待っててくださいね」

「テンプラ! そうデス。それもあったデース!」

 リビングで二人のやりとりを眺めながら、私は作戦を練っていた。フラッチーに「任せて」とは言われたけれど、これは自分でなんとかしないといけないと思うんだ。

 私はキッチンに行き、料理を始めようとしているお母さんに一つお願いする。

「ねぇ、お母さん。これも一緒に揚げてくれない?」

 そう言って取り出したのは、大豆ミート。私はこれが今回のカギになってるんじゃないかとにらみ、こっそり買っておいたのだ。

 それを見たお母さんは、やっぱり渋い顔をする。単に嫌いなだけって可能性もあるけど、あの時のことが関係しているんだと思う。

「ていうか、どうしたのよそれ。私そんなの買った覚えないわよ」

 お母さんは迷惑そうにするものの、私はお構いなしに頼む。

「ちょっとでいいから、お願い。食べてみたいの」

 そうやってしつこくねだっていると、お母さんは面倒くさそうに溜め息を吐く。

「分かったわ。じゃあそれの下処理しといて」

「やった!」

 私は大豆ミートを袋から取り出し、水に浸して置いておく。ふやけてきたら、今度は水分を搾り取ってザルに移し替えた。これで下処理は完了。

「次は何するの?」

「そうね。後は私がするからもういいわよ」

「わ、分かった」

 言い方は優しいものの、邪魔だからあっち行けという雰囲気を感じ、そそくさとキッチンを出ていく。ソファに腰掛け、まずは一安心。

 ふと隣を見やれば、そこにはジープさんがウキウキと座っていた。よほど天ぷらに興味があるんだろう。心待ちにしているのがありありと伝わってきた。

 なんだか可笑しくて、しばらくその様子を眺めていた。それに気付いたのか、ジープさんがこっちを振り向く。

「どうしたデスカ?」

「あ、いや。なんでも」

 と、そこでフラッチーが介入してくる。

〝うららはジープに聞きたいことがあるんだよねー〟

 いきなり頭上に現れては、そんな発言を投下していく。なんてことを! と視線を送ると、フラッチーはニヒヒと意地悪く笑う。

「聞きたいこととは、何デスカ?」

「え、そ、それは……」

 聞きたいこと、というよりは聞かなければいけないこと。霊的なものが見えるというジープさんの特性について。

 フラッチーの言うようなことはないと考えていても、彼女の態度を見るとそれが本当のように思えてきて、聞くのが怖くなってしまう。この際、思い切って聞いてみようか。いやいや、やっぱりこのまま誤魔化して有耶無耶にするべきだよ。……でも。

〝さあ、うらら〟

「シャイにならなくてもいいデスヨ」

 一人と一匹に追い詰められそうになった、その時。

「うららー。ちょっと手伝ってー」

 お母さんの底抜けな声が部屋に響いた。

「あー、命拾いしたー」

 器やお皿を食卓に運びながら、私は安堵する。

 私が全然聞こうとしないから、ついにフラッチーが動き出しちゃったかぁ。この先どうしたらいいのやら。

「ブツブツ言ってないで早く運びなさいよったく鬱陶しい」

 お母さんの小言が炸裂。声に出ちゃってたのか。でもその通りだよね。それに今気にすることはそっちじゃないし。

 食事の準備も整い、皆で「いただきます」と合掌。さっそくジープさんがメインディッシュに手を出す。  



「これが、テンプラ……サクサクしてておいしいデース!」

「ふふふ。気に入ってもらえて嬉しいわ。たくさん食べてちょうだいね」

 いつもの安い食材とは違うから、そりゃもうすごく美味しいはず。実際に食べてみると、やはり期待通りの美味しさだった。この風味豊かな素材の味。

「これだよ。これを待っていたんだよ」

 それもこれも、フラッチーとジープさんのおかげだね。感謝しないと。

〝いいなぁあたしも食べたい〟

 羨ましそうな視線が私に降りかかる。そんなこと言われてもフラッチーは食べられないし、そもそもイルカはこんなの食べないでしょ。

 さて、それじゃあ本題に入ろうかな。

「ねえお父さん。この唐揚げ食べてみて」

 こんがりと美味しそうに揚げられたそれを、お父さんにすすめる。実はこの唐揚げ、大豆ミートで出来ているんだけど、お父さんはそれを知らない。

 しばらく咀嚼して、「うん。うまいぞ」と簡素な感想を言う。それから少し首を傾げて。

「ん? なんかいつもと違う気がするな。これ何の肉使ってるんだ?」

「実はね、それお肉じゃないんだよ」

 それから、原料について簡単に説明する。それを聞いてお父さんは、もう一つゆっくりと賞味する。

「……言われてみれば、そんな感じがしないでもないな。でも、なかなかうまいじゃないか」

「昔と言ってることが違うじゃないの」

 それを聞いたお母さんが、不機嫌そうに口を挟んできた。

「昔ってなんだ? 前にも食べたことあったか?」

 お父さんは全く覚えていないようで、その反応にお母さんは深い溜め息を吐いた。

「大豆ミート、美味しいデスヨネ。ワタシもよくミートパイにして食べてマス」

 KYなのかマイペースなのか、静まり返った空間に、ジープさんの声が響いた。

「ミートパイって、どんな食べ物なんですか?」

 変な空気になってしまったのを元に戻すため、会話を繋げようと口を開いた。それ以降はおしゃべりも弾み、楽しい食事の時間が過ぎていった。


イラスト byうらら

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