景色を堪能した私たちは、次なる観光地に赴くため車に戻っていく。
〝あ、うらら。ちょっと待って〟
「ん? どうしたの?」
振り返って聞いてみると、フラッチーは一方をヒレ指して言う。
〝あそこ、ちょっと波長が乱れてるから直してきてよ〟
「……は?」
急に繰り出されるとんでも発言にしばし硬直する私。
「いや、波長を直すって、どうすればいいのよ」
「いや、波長を直すって、どうすればいいのよ」
〝そこの植物が茂ってる所をちょちょいと整理するだけでいいんだよ〟
「はあ、そうなの?」
フラッチーが何をしたいのかはよくわからないけれど、とりあえず言われるままにやってみる。
枯れ枝を折ったり、陽の当たらない葉っぱを摘み取ったり。そういった作業をしながら、植物たちを申し訳なく思う。
枯れ枝を折ったり、陽の当たらない葉っぱを摘み取ったり。そういった作業をしながら、植物たちを申し訳なく思う。
「ねえ、この葉っぱとかって千切っちゃってよかったの?」
切り取られたことで萎れた葉っぱ見て、尋ねる。
切り取られたことで萎れた葉っぱ見て、尋ねる。
〝オッケーオッケー。これでエネルギーの流れが良くなったよ。ありがとう! あ、その植物は川に流しておいてあげて〟
「……りょーかい」
言われるままに川へと戻り、そこに植物を流してあげた。流れに身を任せて川を下っていく様をぼんやりと眺めながら、さっきの行為に何の意味があったのか尋ねてみる。
〝何って、そりゃ地球のためだよ〟
平然と答えるフラッチー。相変わらずスケールが大きすぎる。ていうか、光合成で酸素を増やしてくれる植物を減らすのは、むしろ逆効果だと思うけど。
「葉っぱとか茎とか千切るのが地球のためなの?」
〝えっとね。さっきみたいにギューってなってると植物が居心地悪そうだから、ちょっと間引いてあげるんだ。そうすると植物がハッピーで地球もハッピーなんだよ!〟
うーん。分かったような分かってないような。整理してみよう。
「満員電車に乗ってる人達を植物だとすると、身動きもろくに取れないし息苦しい。日光を浴びることができない葉っぱのように、座席に座れない人が沢山いる。でもその中からいくらか放り出してあげると、みんな椅子に座れて快適に過ごせる。植物はちゃんと太陽の恩恵を受けてグングン育っていく。だから地球のため。と、それでいいのかな」
〝そうそうそういうことー〟
「なるほど。あれ、でも、放り出された植物たちは、ハッピーなの?」
〝もちろんさ。土に還れるんだから〟
土に還ることって、ハッピーなのかな。少なくともフラッチーにとってはそうなのかもしれない。
〝でも君たちは、その植物を編んでレイにして、体のいろんなところに着けてたね〟
「レイ?」
その言葉に首を傾げていると、お父さんの私を呼ぶ声がした。一度戻ったせいで遅れちゃったから、心配させちゃったのかも。
急いで皆のところに戻る。
「ああ、よかった。遭難したのかと思ったよ」
「大げさだって。ちょっと寄り道してただけだよ」
皆が車に乗り込むと、次の目的地を目指して走りだす。
「ここよりもう少し上に行ったところに、小さな神社があるの。お参りしていきましょうよ」
「神社! ニッポンって感じデスネ!」
そんなやりとりを尻目にさっきのことを考えていると、急に車が止まった。
「どうしたのお父さん。まさかエンスト?」
「いや、鹿だ」
お父さんが示す方を見ると、そこには立派な角を持った牡鹿が、草をムシャムシャと食べていた。
「わーかわいい!」
黒く澄んだつぶらな瞳に、お尻の白いフワフワな毛がまたキュート。
「あら、美味しそうね」
ええ⁉︎ あんなかわいい生き物を美味しそうだなんて。
「うーん。こいつで一杯やりたいねぇ」
お、お父さんまで。この人たち危険だよ! 逃げて鹿さん!
そんな私の念が通じたのか、はたまた二人のやましい視線に気付いたのか、その鹿はこっちを一瞥すると森の中に去っていった。ごめんよ。食事の邪魔して。
それを見送っていたジープさんが、満足げに吐息をもらした。
「Wonderful! 野生の鹿を見たのは初めてデス。美しかったデス」
「あら、そうなの?」
「はい。オーストラリアでは、食べるために飼われている鹿はいるデス。でも野生には滅多にいないのデース」
そうなんだ。私たちにとってコアラやカンガルーが珍しいようなものかな。
そして動き出す車。そこから先は、鹿ラッシュだった。道端で休んでたり、道路を横断しようとしていたりと、とにかく沢山の鹿を見ることができた。ジープさん、大喜びである。
そんなこんなでやって来た神社。苔生した鳥居を越え、所々に雑草が生えている参道を進む。手水舎は水が枯れていたのでそのまま社へ。そしてお参りする。お母さんに分かってもらえますように、と。
それにしても、随分とぼろぼろだなぁ。一体いつ建てられたんだろう。
視線を上にスライドさせていくと、神社の後ろにそびえ立つ、一本の大木が目に入ってきた。それは周りに生えている気なんかよりも断然大きく、圧倒的な存在感を放っている。幹の全体を蔦が覆っていて、風が枝葉を揺らしていた。
〝まるでレイを身につけて踊ってるみたいだね〟
「え……」
その言葉はやけに私の中に染み込んできて、しばらくそこから目が離せなかった。懐かしさに、憧れ。そんな感情が胸中で渦を巻いて押し寄せてくる。急激な浮遊感におそわれと、私は夢を見ているような心地になっていた。
不思議な感覚に身を委ねていた私は、フラッチーの声で現実に引き戻された。
〝どうしたの? みんなもう行っちゃったよ〟
「あ、あれ、私」
気が付くと、私の眼には涙が浮かんでいた。記憶が跳んでいるのか、さっきまでのことが全く思い出せない。けれど、もどかしいというよりも、むしろ清々しい気分だった。
「ううん。なんでもない」
イラスト by Chii
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