しかし、それを耳聡く聞き取ってしまうのがフラッチーである。
〝ふふん。だったら私にお任せあれ〟
自信満々に胸を張るフラッチー。何か考えがありそうだけど。
「どうするのさ。私の時みたいにはいかないんだよ? ていうか私にすら駄目だったじゃん」
〝いやあれはほら、うららの理解力が乏しかったから〟
え、あれ私のせいだったんだ。
「でも、実際どうするの? お母さんフラッチーを見られないんだよ?」
すると、フラッチーはニヒルな笑みを浮かべるその視線の先には、爽やかスマイルの金髪さん。あ、この子ジープさんを利用するつもりだな。
〝一応言っておくけど、やましいことじゃないからね。これはジープに与えられた役割なんだよ〟
「はあ。まあ、そういうことにしといてあげるよ」
私とフラッチーが話をしている間にもジープさんは頑張ってくれていたようで、普段のお母さんなら絶対に選ばないような食品が、いくらかカゴの中に入っていた。
フラッチーの作戦によると、仕掛けるのは夜らしい。何をするのかはもったいぶって教えてくれなかった。だから、今はジープさんに任せておけばいいとのこと。
とは言われたものの、任せっきりというのもなんだかなぁ。
慣れ親しんだものを手放すのは、とても勇気のいることだと思う。
例えば、いつも好んで食べていたお菓子が、実は毒だったと知ってもそれを欲してしまうように。
ふと視界に入ってきたお菓子コーナーを前に、私は葛藤していた。フラッチーに白い目で見られるまで。
「はぁ。こんなだからお母さんを説得できないんだよ」
反省しながら歩いていると、見覚えのある商品を見つける。
「これ、お母さんが前に買ってきた……」
手にとって見てみると、商品名は大豆ミートと書いてある。昔、お母さんがこれを使って料理したことがあったはず。確かそのときは、あんまり評判良くなかったんだよね。普通のお肉の方が美味しいって。
もう一度袋をよく見ると、「自然食品」だとか「体に良い!」なんて書いていた。それに、あんまり安くない。
どうして、お母さんはこれを買おうと思ったんだろう。
もし、勇気を出していつもと違うことをしてみたとして、それを周りから否定されたら、どんな気持ちになるだろう。
しばらく考え込んでいると、「早くカートを持って来なさい」とお母さんに呼ばれてしまう。
お母さんの視線が私の手元に注がれる。その時お母さんは、苦虫を噛み潰したような、とても不快そうな表情をしていた。
私が戻る頃にはいつもと変わらない表情になっていて、軽く小言を言われてしまう。そうして気が済むと、またジープさんと買い物を再開する。
その後は大した出来事もなく、ジープさんのおかげで納得のいくものを買うことができた。強いて言えば、金額が高くてお母さんがレジの人と揉めそうになったくらいかな。
買い物を終えると、時刻はちょうどお昼になっていた。お腹もいい具合いに空いていたので、お父さんと合流。建物内のフードコートで昼食を摂った。
ついでに、外食する時の注意点なんかもフラッチーに聞かされた。ほんとイルカなのに人間の文化に詳しすぎじゃないかな。
「そうだ。せっかくだから、ちょっと観光していかないかしら?」
食事を終えて車に戻ると、お母さんがそんなことを言い出した。
「だってほら、ジープさんはそのためにここに残ったんでしょう? 良かったら、案内してあげるわよ」
「それはありがたいデスネ! ワタシ、色んなところに行ってみたいデス!」
後ろ二人で勝手に盛り上がっていた。ちなみに私たちに拒否権はないので、お母さんの指示のまま、車は動き出す。
ここは小さな田舎島だけど自然は豊か。海に山にと綺麗なところがたくさんあって、中には世界中から観光客が訪れるほど有名なところもある。
基本は海と山に分かれることになる。ジープさんの意見で今回は山の方に行くことになった。
人気スポットは夏休みということもあって観光客がたくさんいる。だから、私たちはあまり人が訪れない隠れ名所へとやってきた。
車から降りて、深呼吸すると、新鮮な空気がたくさん入ってきて爽やかな気分になる。涼しくて気持ち良い。なんか町に戻りたく無くなってくるなぁ。
〝おお! 美しい!〟
フラッチーは目を輝かせて景色に見惚れている。海で暮らしてたから、こういう所が新鮮なんだろう。
「この近くに綺麗な滝があるの」
そう言って皆を案内するお母さん。木々の生い茂る道なき道を進んでいく。それにしても、こんな軽装備で山に来るんじゃなかったなぁ。蚊に刺されちゃうよ。
〝潰しちゃダメだよ。蚊だって生きてるんだから〟
「う、うん。善処するよ」
それから少しすると、何かに反応したようにフラッチーは立ち止まる。
〝おお! 水の音だ!〟
耳を澄ましてみると、微かだけど水が打ち付けられるような音が聞こえてきた。よくこんな小さな音に気づけたなぁ。
だんだんと大きくなっていく水音にそわそわしながら歩いていると、少し開けた所に出る。大きな岩がゴロゴロと転がっていて、その隙間を勢い良く水が流れていた。上流に出てきたんだね。
その流れを上へと辿っていくと、小さな池があり、そこに勢い良く川の水が流れ落ちていた。横幅は狭いものの、高さは5mくらいある。
水面に打ち付けられた水は、小さな粒となって宙を舞い、陽光を浴びて虹を写していた。
その美しさに皆が感嘆をもらしていると、お母さんが前に出て言う。
「ここの水は綺麗だから、飲んでも大丈夫なの。ジープさん、いかが?」
「そうなのデスカ。ちょうど喉が渇いていたので嬉しいデス」
ジープさんは透き通った水を手ですくうと、グイっと飲み干す。
「Oh! Delicious!」
ジープさんは口元を拭うと、満足げにそう言った。
それに続いて私たちもこの天然水を頂く。確かに美味しかった。水道水? 何それ、ってくらい違っててびっくり。
それをフラッチーは羨ましそうに見ていたけれど、次の瞬間には颯爽と川にダイブしていた。音も水しぶきも出ないその光景は、なんだかシュールで、ちょっぴり悲しくなった。
まったく、マイペースなもんだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿