しばらくして、ボウルを抱えたカホラちゃんが現れた。
「どんな様子ですか?」
「なんとか火は保ってるよ」
私はストーブの中を見せて苦笑いを浮かべた。
〝あたしのアドバイスがなかったらもたなかったろうけどね〟
フラッチーは得意そうに言うけれど、水棲生物がどうして火の扱いに慣れているんだろう。いや助かったからいいんだけどさ。
すると、カホラちゃんは慣れた手つきで火を大きく燃え上がらせていく。途端に熱気が増して、部屋がより暖かくなった。
「すごい」
「えへへ。それじゃあ焼きましょうか」
唐突に、カホラちゃんは薪ストーブの上にフライパンを乗せ、油を引いた。
「焼くってここで? 何を?」
「芋餅ですよ」
疑問いっぱいの私に、カホラちゃんはさっき持ってきたボウルの中を見せてくれた。芋餅、ということは、中に入っているのは潰されたジャガイモかな。
「わぁ。美味しそうだねぇ」
お腹が空いているせいもあってか、摘み食いをしたい衝動に駆られてしまう。
「さぁ、早く焼いて食べまちゃいましょう」
カホラちゃんはボウルの中から生地を一掴みほど取り、少し厚みを残して平たく整形していく。
「はっ。私も食べていいの?」
「はい。そのために作ったのですから」
おお! そうなると俄然やる気が出てきた!
「私も手伝うよ!」
手を綺麗にしてから、私も見よう見まねで形を整えはじめた。
生地を焼き始めた頃、何やら色々乗せたお盆を持ったお婆さんがやってきた。
「焼いてる間にお食べ」
お婆さんはそれらを机の上に並べて食事の準備を始めた。みずみずしい夏野菜のサラダに、具沢山のスープカレー。
「わぁ! ありがとうございます!」
スパイシーな香りでさらに食欲がそそられる。
それぞれが席に着いていざ食べ始めんとするとき、私はふと我に返った。すごく美味しそうだけど、使ってる食材が気になる。
「心配しなさんな。変な物なんて入っとらんよ」
そんな私の心情を察したのか、お婆さんがそう言う。フラッチーが肯定しているから、本当だろう。
けれど、驚きだなぁ。夏姉のように食に気を使っている人は、案外多いのかもしれない。今まで知らなかっただけで。
そうと分かった私は、何気兼ねなく料理をいただいていく。コクのある、けれどサラサラとしたスープに、具材の味がしっかりとしみ込んでいる。ちょっと硬めに炊かれたお米との相性がすごくいい。
「美味しい。こんなカレー初めて食べました」
カレーといえば市販のルーで作ったものだという私には、とても新鮮だった。程よい辛さで体も温まってくる。
「そろそろ焼けてきましたよ」
ご飯を食べつつ芋餅の様子を見ていたカホラちゃんが、美味しそうに焦げ目のついたそれをお皿に盛って机の真ん中に置く。
「そのままでもいいですし、バターや醤油で食べても美味しいですよ」
と、色々食べ方を教えてくれた。けれど、まずはそのままで食べてみることにした。口に広がるジャガイモの旨味と、モチモチした食感が堪らない。これ、気に入ったかも。
「これも美味しい! どうやって作ってるの?」
「蒸したジャガイモと片栗粉を捏ねただけですよ」
美味しそうに頬張っていたカホラちゃんが、芋餅について簡単に説明してくれた。どうやらこの地方の郷土料理らしい。帰ったらお母さんに教えてみようかな。
「ところで、うららちゃんは島に帰る方法が見つかったのかね」
私が家族のことを考えていた時、不意にお婆さんが口を開いた。
「それは、まだ……せめて連絡が取れればいいんですけど」
「それなら電話を使えばいいんじゃないかね? 携帯が壊れてるのなら、家にあるのを使うといいべ」
そう言われて、私は初めて気付いた。誰かに電話を貸してもらうということに。
「あ、そっか。じゃあお借りしていいですか?」
「ああ、もちろんだべ」
よかった。これで家に連絡できる。
そのことだけでもかなり気が楽になり、私は安堵のため息を漏らした。それから、「ありがとうございます」とお婆さんにお礼を述べた。
安心してより食欲を感じるようになった私はカレーのおかわりを貰ったりして夕食を済ませた。
そんな団欒とした時間を過ごし、時刻は8時前。本来なら船でゆっくりくつろいでるんだろうなと考えながら、私は電話の呼び出し音を聞いていた。しばらくして、「もしもし」というお母さんの声が聞こえてきた。
「あ、もしもしお母さん? 私、うららだけど」
「ああ、あんたね。何、どうしたの?」
一声目から一気に声のトーンを落としたお母さんが、面倒くさそうに聞いてきた。
「いやー、その、ちょっと言いにくいんだけどさ」
「何よ。忙しいから早くしてくれない?」
なんなら通話を切らんばかりの言い方である。おおよそドラマでも見てるんだろうなぁ。
「うん。実は、飛行機に乗り遅れちゃってさ」
すると、受話器の向こうからは割れんばかりの音声が聞こえてきた。
「は!? 乗り遅れたってあんた、は!?」
あまりの大きさに思わず受話器を耳から遠ざけてしまう。
「あんた、それ本当なの?」
落ち着きを取り戻したお母さんの問い。ただ、返答次第では雷が落ちかねない雰囲気が感じられた。
「あ、あはは、はは……ごめんなさい」
素直に謝ると、呆れたような深い溜め息が漏れ聞こえてきた。
「まったくあんたはもう。それで、どうすんの。今どこにいるのよ」
たいして心配していないのか、それとも大人の余裕なのか、娘が帰れないというのにいたって冷静である。
「こっちで知り合った子の家にお邪魔してて、今日は泊めてくれるって。ただ、帰る方法が分からなくて」
言うと、少し間を空けて、「新しくチケットを買うお金もないわけ?」とお母さんが聞いてきた。
「うん。ギリギリ足りない」
「そう。それより安い便はないの? 飛行機以外でも」
「それが、調べようにも携帯が壊れちゃってさ」
おずおずと申し出ると、またしても「は!?」という返答をされてしまった。
「あーもういいわ。そっちに現金送るからさ、それで帰って来なさい」
「ほんと!? ありがとう!」
よかった。これで家に帰ることができる!
「まったくあんたって子は。それじゃ、色々話したいことがあるからそこの家に人に変わってくれる?」
「あ、うん。分かった。ちょっと待ってて」
受話器を置いた私は、お婆さんを呼びに大部屋へ戻る。
〝なんとかなってよかったじゃん〟
途中、廊下を歩いている時にフラッチーが話しかけてきた。
「うん。冷静になれば割と簡単なことだったね。色んなことが重なりすぎて視野が狭くなってたのかなぁ」
せめて携帯が壊れてなければよかったのになぁ。ていうか、飛行機に乗り遅れたことよりそっちの方が怒られそうだなぁ。そう思うと帰るのが少し憂鬱になってきた。
「ていうか、フラッチーなら分かってたんじゃないの? どうすればいいか」
〝ん? まあ、そうだね。でもそれじゃつまんないじゃん。カホラとも出会えなかったんだし〟
「な……」
本当にこの子は楽観的だなぁ。まあでも、特に悪いことがあったわけじゃないし、別にいっか。って、楽観的なのはどっちだろう。
そんなことを考えながら暖かな部屋に入った。
そんなことを考えながら暖かな部屋に入った。
「どうだったかね?」
現れた私を見て、お婆さんが尋ねてきた。
「おかげで連絡が取れました。それで、母がお話ししたいから代わって欲しいって言ってます」
「おやそうかい。それじゃちょっと失礼するべ」
お婆さんは「よいしょ」と立ち上がり電話機へと向かった。
「お家に帰れるようになったのですか?」
座布団に腰掛け一息ついた私に、カホラちゃんが声をかけてきた。
「うん」
「そうですか。それはよかったです」
心配してくれてたのか、それを聞いて安堵するカホラちゃん。
「ありがと。ま、帰れるのは数日後なんだけどね」
「へー。じゃあその数日はどうします?」
言われてはたと気付く。確かに、どうしよう。気分的にはもう帰るつもりでいたから何も考えてない。
〝何を悩むことがあるのさ。踊りの練習しようよ。『いのちのしま』の〟
「あ、そっか。そうだった。先生!」
いきなり先生呼ばわりされたカホラちゃんが、「え!?」と驚く。
「改めて、私が帰るまでに踊りの伝授をお願い致します」
恭しく頭を下げる私に、カホラちゃんは「あ、はい。頑張ります」と返事をした。
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