2015年5月6日水曜日

五楽章〜その6

 通い慣れた道を、フラッチーと並んで歩く。こうして一緒にいられる事に、私は喜びを感じていた。やっぱり、フラッチーといると楽しい。

 そんなことを思いながら歩いていると、うなり声のような音が響いてきた。

〝ふふっ。うららったら〟

「あ、あはは」

 どこの誰がこんなおぞましい声を出しているのかと思ったら、私のお腹の中にいる虫さんでした。ぐうぎゅるると唸っている。ていうかお腹空いた。
 
「きっと帰ったらご飯が出来てるんじゃないかな」

 お母さんと夏姉の合作。どんなのだろう。期待に胸を膨らませながら、我が家を目指して歩く。

「ただいまー」

〝ただいま!〟

 家に着いた私たちは洗面所に行き、手洗いうがいをする。もちろんそれをするのは私だけ。フラッチーは水に触れることすら出来ないからね。

「ん? ねえ。フラッチーってさ、物質に干渉できないんだよね?」

〝そうだよ。ほら、こんなふうに〟

 フラッチーは私の体をすり抜け、一回転しながら正面に戻ってくる。いや、わざわざ私の体を通らなくても。

「じゃあ、どうして音が聞こえるの? 音って空気の振動だよね。でも空気にも触れられないから伝わらないんじゃないの?」

 このこと以外にも、フラッチーの存在には色々と疑問がある。普段は気にしないようにしているけど、今はなんとなくそれを聞いてみた。

〝えっとね、実を言うと聞こえてないんだよね〟

「ええっ!? じゃあ今まで会話が成立してたのはどうして!?」

〝それはね、見えるからだよ。波長が、色や形を伴って〟

「……音が、見えるってこと?」

〝分かりやすく言うとそうだね〟

 当然のように言うフラッチーだけど、なんかものすごい世界を体験してるんだなぁ。でも、音が見える、か。夢の中のイルカが言っていた事とおんなじだ。

 リビング兼ダイニングの居間に入ると、お母さんとジープさんはソファに座って談笑を、お父さんはつまらなさそうにテレビを見ていた。誰も私が帰ってきたことに気づいてないのはどうしてかな。

 夏姉はどこだろう。まだ帰ってきてなかったのかな。だとすればご飯は少なくとも20分くらいはおあずけ。そんなには待てますまい。何か軽くつまもう。

 そう思って台所に行くと、炒め物の美味しそうなにおいが漂ってきた。見ると、夏姉が料理をしている最中だった。なんだ、帰ってたのか。

「あ、うららちゃん。もう用事は済んだの?」

 夏姉は私に気づいたようで、声をかけてきた。

「うん、おかげさまで」

「そうね、いい顔してる。なんか様子がおかしかったから、よかったよかった」

「え……」

 そっか、夏姉は察してくれていたんだ。だからあの時は何も言わなくとも行かせてくれたんだね。

「あれ、そういえば、お母さんソファでくつろいでたけど、一緒に作ってたんじゃなかったの?」

 私がなんとなく尋ねると、夏姉はバツの悪そうな顔をする。

「まあ、色々あってね」

 なるほど。この件には深く関わらないほうがいいってことだね。

「そんなことより、ご飯出来たから食べる用意しよっか」

「はい!」

 私は待ってました! とばかりに料理が盛りつけられたお皿を食卓に運んでいく。その途中、フラッチーが不思議そうな顔で私に声をかけてきた。

〝ねえうらら。なんかあたしの知らない人が3人もいるんだけど、二人はうららと波長が似てるから家族だよね?〟

 そっか。フラッチーはまだお父さんにも会ってないんだったね。それにしても、波長で血の繋がりが分かるとは。

「えっとね、さっきの人が私の言ってた親戚のおばさん

〝そうなの!? 若いからうららのお姉さんだと思ってた!〟

「うん、私もそんな風に思ってるよ。で、あそこで暇そうにしてるのがお父さん。お母さんと話をしてるのが夏姉との婚約者でジープさん」

〝うわー金髪だー〟

 ……イルカさんの感想は率直でした。気持ちは分かるよ、うん。

「ご飯出来ましたよー」

 私が居間でくつろいでいる皆に告げると、それぞれ食卓につき始める。

 その時、一瞬だけジープさんの視線が私の方へと向けられた。いや、正確には私の右肩の少し上あたりに。そこにあるもの、ジープさんの視線の先にあるものは────。

0 件のコメント:

コメントを投稿