2015年12月16日水曜日

7楽章〜その6

 気持ちいいくらい晴れやかな空の青を、目の前に広がる海がより一層深く映しだす。その境界線を見つめていると、「世界は広いなぁ」なんて素朴な感想がもれてくる。

〝絶好の航海日和だね!〟

 フラッチーは目を輝かせながら、海を見つめている。私はそれを眺め、頷き返した。

 お母さんに旅の許可をもらってから二日後。今日は私たちの門出の日である。まずは船で本土まで渡らないといけないから、私たちはこの島の一番大きな港を訪れていた。

 ちなみに飛行機もあるんだけど、フラッチーとジープさんは船旅がいいらしく、ゆっくりと海を渡ることになったのだ。

 けれど船の場合移動だけで旅行期間を費やしてしまう。だから私の旅行期間はなんと1週間に延ばしてもらっのだ。 

「それじゃあ、うららを頼みます」

 出航直前、お父さんはジープさんに頭を垂れる。それに対してジープさんは、「お任せくださいデス!」と力強く応えた。

 両親に別れを告げ船に乗り込んだ私は、まず自分のベッドを探すため寝室に向かった。

「ツーリストBの、っとここだ」

 上にも下にも所狭しとベッドが押し込まれた寝室は、クーラーの影響で空気が乾燥している。私は指定された左奥の一角に陣取り、ホッと一息ついた。

「案外狭いなぁ。頭打ちそう」

〝そんなことよりさ! 甲板行こうよ甲板!〟

 余程船に乗れたことが嬉しいのか、興奮状態のフラッチーが訴えてきた。うっとおしいくらいにハイテンションなので、手早く準備済ませた私はフラッチーを連れて甲板に出ていった。

 夏休みなだけあって人が多く、写真を撮ったりベンチに座って読書したりと船旅を楽しむ様子が見受けられた。

 外に出るなり猛スピードで突き進んで行ったフラッチーを追うように、私は船の上を歩いていく。ほのかな潮の香りを乗せた風が、心地よく吹きつけてくる。

 策に寄りかかり、海と戯れるフラッチーを微笑ましく眺めていると、今朝早起きしたせいか眠くなってきた。波に揺られる船がゆりかごになって、意識が朦朧としてくる。

「立ちながら寝るなんて器用デスネ」

「わっ! ジープさん。どうしたんですか?」

 眠りに落ちかけた私は、ジープさんの声で意識を取り戻した。

「さっきビンゴ大会に参加したのデスガ、商品券が当たってしまったのデース」

「商品券⁉︎ すごいじゃないですか!」

 ジープさんは照れくさそうに「たまたまデスヨ」といいながら、手に持っている封筒の中から一枚の紙切れ取り出した。

「丁度2枚あるので、半分使って下さいデス」

 ジープさんは1,000円という文字が印刷されたそれを、私に差し出してくる。

「え、いいんですか?」

 問うと、ジープさんはニッコリと笑って頷いた。

「ありがとうございます!」

 私は差し出された商品券を丁重に受け取った。これで今日の食費が浮いた。旅費を切り詰めている私には大助かりだ。

 去っていくジープさんの後ろ姿に、私は深くお辞儀したのであった。

 しばらくしてお腹が空いてきた私は、戻る様子のないフラッチーをそのままに、船内の食堂を訪れた。そして同じタイミングで来ていたジープさんと一緒に食事をしながら、今後の予定なんかを話し合った。

 その後は夏休みの宿題をして映画を見て、夕暮れ時にまた甲板を訪れると丁度日が沈んでいくところだった。

    西側には、この景色を目的に訪れたであろう人たちがずらりと並んでいる。

「うわぁ、綺麗」

 私はその集団より少し離れた所で、海に消えていかんとする太陽を目に焼き付けていく。

 淡く燃え盛る太陽が、海と空の狭間でお互いを見事に染め上げている。雲は茜色の輝きを映し、海は光の道を生み出す。その一筋の光の中を、飛び跳ねていく姿が一つ。

〝あ、トビウオだ!〟

    いつの間にやら戻って来ていたフラッチーは、何やらやましい視線をそこに向けていた。
 輝きの中を、太陽に向かって正しく飛んでいくその姿は華麗で、美味しそうとか思ってるであろう隣の幽霊が気にならないくらい、私は魅了されていた。

「船って、いいなぁ」

 そんなつぶやきに、フラッチーは〝でしょ!〟と強く反応した。

 ふと何かに惹かれたように一方を振り向く私。その視線は、ある女性に釘付けとなった。

 甲板の隅で、長くしなやかな髪を風になびかせながら、その女性は不思議な踊りを踊っていた。円を描くようななめらかな動きで、その場に溶け込んでいるかのような、美しい光景

 そんな彼女が身に纏っているのは、見覚えのある藍色のワンピース。朱の光に照らされて、少しばかり眩さを見せていた。

 森の神社で大木を見たときと同じように、あの服を試着したときと同じように、私は懐かしくて、羨ましくて、そして記憶が刺激される不思議な感覚に陥った。

 そのままずっと見つめていると、踊りを終えたらしき彼女は何かに気づいたような素振りを見せ、こっちを振り向いた。お互いの目があったまま、しばし硬直。

「あ……えっと」

 私は声を掛けようと口を開く。すると彼女は顔を真っ赤にして、慌てて船内に戻っていってしまった。

「何だったんだろう……っと、私も戻ろう。ちょっと冷えてきた」

 それから夕食、入浴と楽しんだ私は10時頃、眠りについたのだった。

 翌日本土に着いた私たちは、今度は飛行機に乗って目的地に向かった。ここでもまた彼等は船を選ぼうとしたけれど、時間、経済的に厳しかった私はなんとか押し切ったのだった。

    そうして数時間のフライトを経て降り立ったのは、オニイトマキエイみたいな形をした北の大地。

「うう、夏なのに風が冷たい」

 半袖のシャツを着たまま空港を出た私は、すかさず鞄から上着を取り出し羽織った。お昼頃だというのに、日陰にいると体が少し冷えてくる。それに、太陽も私が住んでいるところと違って優しい感じがする。

 湿度が低いからジットリとした蒸し暑さが無く、爽やかな風が私の体を掠めていく。夏というより秋の気候だ。

 私は初めて訪れる土地にドキドキワクワクしながら、ジープさん、フラッチーと共にこの地を踏みしめていく。海、空と渡ってきたおかげか、その事に私は少し感動を覚えてしまった。地上って素敵。

 そんな私にフラッチーは〝どしたの?〟と訊ねてくる。私はそれに笑顔でこう答えた。

「どんな旅になるか楽しみだね!」



イラスト byうらら

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