観光を始めた私たちは、湖でカヌーに乗り、サイクリングで森林を駆け抜け、そして町で美味しいものを食べたりと、充実した時間を過ごすことができた。そうして2日間を楽しんだ私は、島に帰るために空港へ向かう直前だった。
「なんだかとてつもなく省略されてる気がするけど……すごく楽しかったです。今回こうして旅ができたのもジープさんのおかげです。本当にありがとうございました」
別れ際、私はジープさんに深々と頭を下げた。
別れ際、私はジープさんに深々と頭を下げた。
「こちらこそ、楽しかったデスヨ。気をつけて帰ってくださいネ」
「はい。それでは、さようなら」
〝バイバーイ!〟
そうして共に旅を過ごしてきたジープさんと別れた私は、バスに乗って空港に直進する。
北の地特有の植物だったり、生き物だったり、後は人の口調や性質だったり。全然違っていて、時にはそっくりで、そんな色んなものに触れられたて、楽しかったし良い経験にもなった。ジープさんとももっと仲良くなれた。それが今回の旅で私が感じ、学んだこと。
けれど、楽しかっただけで、私が期待していたようなことが何もなかった。そもそもの目的である、フラッチーと旅をしたい理由というのも、実はまだ分かってない。何か物足りなさのようなものが、私にはあったのだ。
しかしそんな気持ちがあんな悲劇を産み出すなんて、その時の私は思ってもみなかったんだ。
空港に到着したバスから降りた私は、突然やってきた強風に煽られて体のバランスを崩してしまう。その時、時間を確認するために取り出していた携帯が、私の手から滑り落ちてしまった。
「あっ!」
慌てて拾おうとした手は携帯に触れるも掴むことはできず、その力で威力を増した携帯は打ち着けられるように地面に落下した。コンクリートに激突した衝撃で、鈍い音が辺りに響き渡る。
〝あ、こりゃバキリといっちゃったね〟
いち早く反応したフラッチーが、不穏なことを言う。確かに今の衝撃、無事とは思えない。
恐る恐る携帯を拾い上げると、案の定そのディスプレイには豪快なヒビが入っていた。あぁ、買ってもらってまだ数ヶ月なのに。
仕方がないと割り切り、起動しようとボタンを押す。
「あれ?」
点かない。どこを押しても振り回しても叩いても、その後携帯が起動することはなかった。
「そ、そんな……買ってもらってまだ数ヶ月の携帯が……」
涙こそ出なかったものの、私はショックでしばらく立ち直ることが出来なかった。
〝大丈夫さ。そんなもの無くたって何も問題ないよ。むしろあるほうが問題なんだから〟
「うん、そうだよね。ん? そうなの? まあいいや。帰ったらきっと直してくれるだろうし」
気を取り直した私は「そうだ、チケット確認しておこう」と、財布から航空券を取り出した。と、またしても強風がやってきて、今度は私の手から航空券を奪い取っていってしまった。
「あっ!」
小さな紙切れは重力に従って落ちることはなく、風に吹かれどんどん遠くへ飛ばされていく。急いで追いかけても距離は離れていき、ついには空港の敷地から出ていってしまった。
「どどどうしよう! あれがないと飛行機に乗れないよ!」
〝買い直すしかないんじゃない? とりあえず空港に入ろうよ〟
「う、うん、そうだね。また買えばいいんだ。うん」
どこか楽しそうにしているフラッチーを疑問に思いつつ、言われた通り館内に入った。券売機にて航空券を購入しようと慎重に財布を開ける。これでお金まで飛ばされたらたまったもんじゃない。
とりあえず金額をチェック……。金額を、チェック。
〝どうしたの? 財布の中なんて見つめてないでさっさと済ましちゃえば?〟
「……ない。足りない」
絶望に満ちた声でつぶやくと、フラッチーははてなと首を傾げる。
〝足りないって、もしかしてお金!?〟
何故か声のトーンが高いフラッチーに、私は静かに頷いた。
〝ハハハ! じゃあ帰れないんだね〟
「ちょっと、笑い事じゃないんだから」
私は半ば呆れつつも、この状況で笑っていられるフラッチーに少し感心してしまった。
〝ごめんつい。で、どうするのさこれから〟
「うーん、そうねぇ……」
フラッチーのおかげか気が楽になった私は、現状で帰ることができる方法を模索する。
航空券が買えない。携帯も使えない。徒歩で帰ろうにも海を越えないといけないから不可能。
「よし、チケットを探しに行こう!」
ということで一度空港を出た私たちは、航空券が飛ばされた方向を歩きながら探索していた。
「うーん、ないなぁ。方向はこっちであってると思うんだけど」
だんだん不安になっていきながらも、木を揺らし茂みかき分けて必死探し回った。けれど目的の物は一向に見つかる気配がなく、私たちは空港から少し離れた浜辺近くまでやって来てしまった。
「あー見つからない! こんな広いところから紙切れ一枚を見つけ出さないといけないなんてどうかしてるよ!」
どかっと地面に腰を下ろし私は、限界を感じて音を上げた。
〝言い出したのうららなのに……〟
空から降ってきてくれないだろうか。なんて考えてしまうくらいには、私は気が滅入っていたのだ。
そんな時、もともと強かった風が一段と強烈になり、探し求めていた物が目の前を通過していった。幻想だろうか。いや。
「あ、あったぁ!」
私はすぐさま立ち上がり、飛んでいく航空券を全力で追いかけた。進んだ先に待ち構えているのは一面に広がる海。間に合わなければ取り返しがつかないことになってしまう。
焦りながら手を伸ばすけれど、すんでのところで届かず。足場が砂に変わったせいでバランスを崩した私は、そのまま勢いよく砂浜にダイブした。
〝派手に転んだねー〟
「いてて、前にもこんなことあった気がするよ」
砂が柔らかいおかげで怪我しなくてよかった。
「って、チケット!」
倒れたままがばっと顔を上げると、海に消えていく航空券が視界に入ってきた。ああ、間に合わなかった……。
〝なにやってるのさ! 早く取りに行かないと!〟
脱力しきった私と違い、フラッチーはまだ諦めていないのか私を急かしてくる。
「いやもう濡れちゃったんだから使えないよ。取りに行くだけ無駄」
〝そうじゃなくて! 海に捨てちゃ駄目って言ってるのさ!〟
「え、あ……」
いつになく真剣なフラッチーに気圧され、いや感化され、海に流された航空券を拾いにいくことにした。私は靴を脱いで海に入っていく。
「うわ冷たっ! 何これほんとに夏の海なの!?」
ひんやりとした感覚が足を覆い、思わず声を上げてしまう。さすが雪国なだけあって、海水の温度が全然違う。私にはちょっと厳しいなぁ。
そんなことを考えながら探していると、水深が膝よりやや上くらいの浅瀬で沈んでいるのを発見。手にとって確認してみると、それは間違いなく私の航空券だった。
「はい。これでいいのかな?」
ふやけたそれを見せて問うと、フラッチーは〝よろしい〟と頷いた。
それにしてもこの航空券、濡れてはいるけど破れたり文字が消えたりはしてないんだよね。まだ使えたりしないだろうか。無理だとしても交換ならあるいは……。
どうにかできないだろうかと考えながら陸に戻っていくと、近くに視線を感じて立ち止まった。
〝ん? どうしたの?〟
そんな私を不思議に思ったのか、フラッチーが尋ねてきた。
「ねぇ、あそこの岩陰に何か隠れてない?」
私から右を向いた数十メートル先は、低い崖のようになっている。そのごつごつした岩肌の先端を、私は指し示す。裏にも浜が続いていて、そこに何かが隠れているはず。
〝ああ、その人ならずっと前からいるよ〟
やはりフラッチーも気付いていた、というか私より早くに感づいていたようだ。
「って、ずっと前? いつ?」
〝あたし達が来た時にはすでにいたよ。あそこからずっと様子うかがってたし〟
「え、ずっと?」
それって私たちの、いや私の行動をずっと見られていたってことだよね……。
浜辺に来てからのことを振り返った私は、とてつもない恥ずかしさに見舞われるのだった。
浜辺に来てからのことを振り返った私は、とてつもない恥ずかしさに見舞われるのだった。
「ていうか、気付いてたんなら教えてよ」
〝だってほら、そんな場合じゃなかったしさ〟
「まぁ、それもそうだけど……」
あーあ。変な人だと思われちゃったかなぁ。いや、落ち込んだって仕方がない。それよりどうしよう。声をかけるべきかな。
私が戸惑っていると、岩陰からひょっこりと顔が出現。けれど目があった途端にサッと隠れてしまった。なんか、ヤドカリみたい。
「あ、あの!」
私が堪らず声をかけると、数分ほど経ってから再びその人は顔を見せた。髪が長くて綺麗だから、女性だろうか。
「え、えっと……」
次にどう声をかけるべきか悩んだ末、私は「こんにちは」と普通に挨拶をした。すると向こうからも戸惑い気味な返事が聞こえてきた。透き通るような、高く綺麗な声。ただ少し距離があるせいか、その声は微かに聞き取れるほどだった。
「あー、その……そこで何してるんですか?」
遠慮がちに尋ねると、ここからでも分かるくらいの動揺をその人は見せた。
「ちち違うのですそんなつもりじゃなかったのです。ただどうしても気になってしまって、つい、その、ごめんなさいでした!」
全身を岩陰から出現させたその女性は、私に向かって深く、そして勢いよくお辞儀した。ほっそりとした体で、まっすぐに伸びた髪が風に揺られている。
その所作があまりにも綺麗だったため、私は不覚にも少し見惚れてしまった。礼儀正しそうな人だなぁ。と、最初の戸惑いが嘘のように、なんだか気持ちが和んでしまった。
見た感じ悪い人じゃなさそうだし、まぁ許してあげようかな。
〝何をえらそうに〟
「こ、心を読まない」
彼女は頭を上げると、急いでその場から立ち去ろうとする。けれど足場が悪かったのか、踏み出してすぐに転んでしまった。そして彼女は可愛らしく小さな悲鳴を上げる。
「あの、大丈夫ですか?」
気になって近づいていった私は、そこで彼女に見覚えがあることに気付いた。
「あれ? もしかして、船で会った人じゃないですか?」
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