食事を終えて一休みした私は、食器の片付けをしている夏姉の手伝いをするべく、台所に行く。夏姉が洗った食器を拭きながらその隣に並ぶと、少し間を置いてから私は夏姉に声をかける。
「なかなか分かってもらえんだね、お母さん」
話がいきなりだったせいで何のことか考えるように首を傾げた夏姉は、「ああ、そのことね」と言って少しはにかむ。
「うららちゃんみたいに純粋ならいいんだけどね。頑固だからさ、姉さんは」
おどけたように言った夏姉は、遠い目をしていた。そこには諦めのようなものが、私には感じられた。
「私も手伝うよ。だから、もうちょっと頑張ろ!」
そんな夏姉を励ましてあげようと、私は明るい声で言う。すると夏姉は一瞬お皿を洗っていた手を止め、優しい笑みを浮かべた。
「もう、頼もしくなっちゃってぇ」
言いながら私の頭をワシャワシャと撫でる。恥ずかしさにその手から逃れようとしていると、夏姉は突然手を止めて話し始めた。
「私もね、昔はそんなこと気にせず、ううん、知りもせずに好きな物ばかり食べて生きていたわ」
〝昨日までのうららと一緒だね〟
暇になってきたのか、それまで黙っていたフラッチーがそこで口を挟んできた。今いいところだから、茶々を入れないでくれるかな。
「それで5年くらい前にね、大きな病気にかかっちゃったんだ」
〝大変だねぇ。まだ若いのに〟
確かに、今でもまだ若いのに5年も前となると、20歳くらいだろうか。そんなに若いのに病気になっちゃうんだ。私も気をつけないと。
拭き終わったお皿を重ねと、続きを促すように、私は夏姉に視線を送る。
「それからなの。私が食とかそういうのに気を遣いはじめたのは。痛みを、苦しみを知って初めて気付いた。でも、皆にはそうなる前に気付いて欲しいんだ」
夏姉、そんなふうに考えてくれてたんだ。
「私も、何かしてあげたい」
皆のために、そして何より、夏姉のために。
その言葉を聞くと、夏姉は思案顔になる。しばらくして、納得したように頷くと、満面の笑顔を私に向ける。
「分かった。じゃあ、姉さんのことはうららちゃんに任せよう」
「え、任せる?」
突然そう言われてしまい、きょとんとなってしまう。つまり、副担任とか補佐とかそういうの吹っ飛ばしていきなり全任されちゃったってこと?
「だってほら、私夕方には出て行かないといけないし、次いつ帰って来られるかもわからないでしょ」
そっか、夏姉も仕事とかあるはずだもんね。こっちの事も大切だけど、そっちも大切なはず。
「分かった、私がんばる。だから夏姉は何にも気にしないで行ってきて」
その言葉を聞くと夏姉は柔和な笑みを浮かべ、洗い終わった最後のお皿を私に手渡した。何かを託すようにして。
全ての食器が片付けられると夏姉は「うん、おしまい」と言うと、お母さんに絡まれているジープさんの助け船に行った。と思っていたら、二人してジープさんをいじりはじめてしまった。そういうところは姉妹なだけあって似てるんだね……。
手持ち無沙汰となってしまった私は、事を整理するために一度自室に戻った。さっきはあんなふうに言ったけど、内心では不安なのだ。夏姉が手に負えなったお母さんに、私なんかが敵うのだろうかと。
それにジープさんのことも、謎なまま。結局、あれからフラッチーに対する反応は、何一つ見られなかった。ベッドに腰掛け、溜め息をひとつ吐く。
「気のせいだったのかなぁ」
〝人前だったからじゃないの? うららだってそうじゃん〟
私の独り言を耳ざとく聞き取り、さらにはその内容までも察したフラッチーはそんなことを言う。
「でもさー、普通こんなの見えちゃったら平然としていられないでしょ。パニックになっちゃうでしょ」
〝うーん……彼はあたしみたいな存在を既に見たことがあって、もう慣れちゃってるとか〟
「えーないない。やっぱりただの気のせいだったんだよ」
そう結論づけようとする私に対して納得のいかなそうなフラッチーは、何かを考えるように小さく唸る。そして閃いたような笑顔を咲かせると、私に賭けを申し込んできた。
〝あたしの言うことが正しかったらあたしの勝ち。うららの言うことが正しかったらうららの勝ち、でどう?〟
「ん、まあいいよ。どうせ私が勝つし」
〝やった! じゃあ取り引き成立ね。あ、そうだ、契約書みたいなの作ってよ〟
ちょっと面倒だけど、フラッチーが喜んでくれるなら作ってあげようかな。
私はノートから白紙を一枚切り取る。そこに取り引きの内容を書いていき、最後に二つ署名をする。
完成した簡易契約書を見て、フラッチーは〝オォォ〟と歓声をあげる。そこで私は一番大事なことに気付いてしまった。
「ねえフラッチー。これ、何を賭けてるの?」
〝……あ〟
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