おじさんの声でハッとなったあたしは、狸の後ろ姿を目で追う。どうやら何かを咥えているようだけど……。
「あっ! しまった! 帽子を、イワシを盗られてる!」
「てめっ! 俺には指一本触れさせなかったくせに……まあいい、早く追いかけるぞ」
ちょこまかと逃げ回る狸を、あたし達は全力で追いかけていく。
「あはは、たのしーい」
「呑気なこと言ってる場合か!」
「あたしのイワシをかえせー」
「違う! 俺のイワシだ!」
そんなこんなでなんとか追うことは出来ているけど、森の中では体の小さい狸の方が有利なもので、
「あっ、また隠れられちゃった」
「またかよ! くそっ!」
「でも逃げる音がしないからまだ近くにいるはずだよ」
そうやって逃げ隠れする狸を、見つけては追いかけ、見つけては追いかけてと繰り返していた。
「ああもう鬱陶しい!」
隠れた狸を探していると、おじさんが荒々しく木や草を揺さぶり始めた。
「ダメだよおじさん、そんなことしたら」
「だって、面倒くせぇじゃねぇか」
「だからって、葉っぱや虫たちがかわいそうだよ。それに蜂の巣があったらたいへ……ん…………」
「な、何だよ急に黙りやがってよ?」
訝しげにあたしを見るおじさんの後ろを、あたしは指差した。
「……熊」
「あ⁉︎ 誰が熊だってんだ!」
「そうじゃなくて、おじさんの後ろ」
「何だよ」と振り返ったおじさんの前に、2メートルをゆうに越える立派な熊が立っている。
「お、おう。何だ、どうした?」
おじさんは若干震えた声で、そびえ立つ熊に声をかけた。
熊はたくましい両腕を広げ、鋭く尖った牙を剥き出しにして唸り声をあげる。
「おおお! すごい迫力だね、おじさん! ……あれ? おじさん?」
声をかけても反応がないので近づいていくと、突然おじさんがふらーっと倒れ始めた。
「おじさん⁉︎」
慌てて駆け寄ったあたしの目の前で、どういうことかおじさんからポンっと白煙があがった。
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