2016年6月15日水曜日

9楽章〜その1



「お、お婆さん!? どうしてここに?」

 やけに慌てた様子のカホラちゃん。
なにか、後ろめたさのようなものを感じた

「そろそろ思い出すじゃろうと思うての。様子見に来たんだべ」

 何のことかとカホラちゃんは首を傾げた。
忘れ物でもしていたのかな、と、考えているようだ。

「いのちのしま、ですよね」

 私には、思い当たることがあった。

今朝のことといい、このタイミングの良さといい、何かしらお婆さんが関係してるんだと思う。

「そうさ。さっきの唄はうららちゃんだべ?」

……はい」

 聞かれてたと思うと、ちょっと恥ずかしいな。

「ちょっと待って! お婆さんもこの唄を知ってるの?」

 疑惑と期待が混ざったような声音で、カホラちゃんは問う。

「ああ、知っとるよ。ここでよく踊ってることも」

 その言葉を聞いた途端、カホラちゃんの顔は驚愕に満ち溢れていった。どうしてそんな反応をするんだろう。そんなにショックだったのかな。

「別に隠すことないべさ」

「でも、お母さんが……

「そんな昔のこと、まだ気にしてたのかい」

 話についていけない私は、二人の会話から状況を整理する。
 カホラちゃんは「いのちのしま」をお婆さんに内緒にしている。それには何か事情がありそうで、そこにカホラちゃんのお母さんも絡んでるってことかな?

「ねぇ、どうして内緒にしてたの?」

「それは……

 口を開いたと思うと、すぐに閉じてしまった。あまり言いたいことじゃないのかな。聞かないほうがよかったかも。

「話してあげたらどうだべ?」

 お婆さんが言う。するとカホラちゃんは、……分かりました」と了承してくれた。
 
「昔から、そう。私が物心つく頃から....いいえ、もしかしたら生まれたときからずっと、ある歌と踊りが私の中にありました。」

心の記憶を辿るように、目を瞑りながらかホラちゃんは話し始めた。

「その歌は、どこかで聞いたりした記憶はないのに、鮮明に、脳裏に焼き付いているのです」

あれ、なんか似てるかも。

いのちのしま。

この歌。私もさっき思い出したはずなのに、ずっと前から知ってる気がするし。

「これはフラダンスだと、最初にうららさんに言いましたよね。でも、本当は違うのです」

「え?

「似てはいるけど、少し違うんです。フラだけじゃなくて、もっと色んなものが一つになったような...ううん、いろんなものが分かれてゆく前のような...そんな踊りなのです。これは、私がそう感じてるだけなんだけど」

 カホラちゃんは、少し自信なさげにそう一言付け足した。

「いや。それであってるべ」

不意に、おばあさんが言葉を発した。

「やっぱり、お婆さんも知って……!」

「まあ落ち着きなさい、カホラ。その話は後でするべさ」

 お婆さんに制止され、カホラちゃんは渋々元の話に戻った。

「母がフラをやっているということは、話ましたよね」

「うん」

 カホラちゃんの名前の由来のときに聞いた話だ。

「私も、小さい時から母にフラを教わっていました。舞台の上に立てるようにと。」

へえ〜そうなんだね。だから彼女、とってもキレイに踊れるんだ。なんか、身のこなしが違うと思ったんだよね。

「だから、母は結構厳しかったのですが、私が踊るといつもあの歌...『いのちのしま』の持っているフラのような、フラではないような...あの大きな感覚が踊りに出てきてしまうのです。それが母の教えようとしているフラとは違っていたから、よく怒られていました」

「あんなに綺麗なのに?」

「それはフラじゃないって、お母さんは言いました。だから私は、母の伝えるフラを踊れるように、それを抑えようとしました。でも、そんな風に毎日練習していると、無性に『いのちのしま』を踊りたい時があって.....だからその時は、人目につかないところで踊るようにしていたのです」

 カホラちゃんは悲しげな表情を見せる。

「じゃあ、船のときも?」

「はい」
 
なるほど。そうやってお母さんに応えようとしていたんだね。なんだ〜怒られるが嫌で。思ってたより単純じゃない。それほどお母さんの指導が厳しかったのか、カホラちゃんが気にしすぎてるのか。なんとなく、後者な気がするけど。

「カホラは思い込みが強いからねぇ。お母さんの教えた通りに踊れないこと...それが悪いことだって思ってるんだべさ」

「でも……って、お婆さんに話したことはないはずなのに、どうして知ってるの!?

「知ってるもなにも、ずっと待っておったんじゃがのう」

 お婆さんの言葉に、カホラちゃんは呆然としていた。訳が分からないといった様子だ。
 そして、全てを見透かすようなお婆さんのその瞳。私が初対面したときを彷彿とさせる、その瞳だ。

「どこまで、知ってるの?」

「まぁ、全てかのう。」

不思議な笑顔を浮かべて、けれど真剣な面持ちでおばあさんは答えた。

『いのちのしま』に関わることは、すべて知ってとるよ。




絵 * Chii


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