2016年3月16日水曜日

8楽章〜その6

 まずはステップから。簡単なものから複雑なものまで、予想以上に種類があった。なかには、私のイメージするフラとは違った感じのステップもいくつか入っていて、それがまた面白い。

    そうやって楽しく踊っている内に、たくさんあったステップも踊ようになってきた。気になったのは、ステップに既視感を持つときがあること。どこかで見たことがある、そんな疑惑が浮かびつつあった。

「はい。では最後におさらいしましょう」

「はい!」

 ちゃんとできるということが嬉しくて楽しくて、弾んだ声で返事をした。

 そうしてステップを全て通して踊ると、私たちは一度休憩に入った。

「これだけ進展が早いと、もしかすれば明日には終わってしまうかもしれませんね」

 家から持ってきたお茶を飲みながら、カホラちゃんは感心したように言った。

「本当!?

「ええ。後は振り付けを覚えるだけですから」

〝へー、よかったじゃん。これで帰るまでに間に合うよ〟

 あ、そっか。数日後には帰らないといけないんだ。ちょっと残念だなぁ。

「私頑張るから、帰るまでに全部教えてね」

「……はい。もちろんですよ」

 気合を入れ直す私に、カホラちゃんは頼もしく頷いてくれた。

 数分後、カホラちゃんの合図で練習を再開する私たち。

「まずは歌を覚えましょう。それを知らないことには始まりませんからね」

「はい! お願いします!」

 ということは歌ってくれるのかな? そう思い、期待の眼差しをカホラちゃんへと向ける。

「……えっと? あ」

 何を察したのか分からないけれど、構わず期待の眼差しを向ける。

「あのー……」

 期待の眼差しを向ける。

「わ、分かりました。歌います」

「やった! 楽しみ!」

 言うと、カホラちゃんはちょっぴり恥ずかしそうに咳払いをする。そうして大きく息を吸い込むと、歌い始めた。

『うみへと……』

 透き通るような綺麗な声。そしてのびやかに、歌詞を紡いでいく。

『つづく道 今かけてく 風のように』

 歌に耳を傾けていると、まるで魂が刺激されているような、えも言えない気分になってくる。初めて聴いたはず。なのにとても懐かしくて、嬉しくなるのはどうしてだろう。

 歌は駆け巡る風のように、私の体を伝っていく。歌詞のごとく。そして、心の奥底までも、響き渡った。

 あまりの心地よさに、私はつい目を閉じた。それなのに、カホラちゃんが歌っている姿や木々の揺れ、波の動きが鮮明に浮かんでくる。

『地平線の彼方を……見つめて ただ 祈りたい 出逢うこと……』



 しばらくそうやっていると、ふと不思議な感覚を覚えた。なんだろう。何かおかしい。

 そう思って目を開けた。するとどういうことだろう。私の周りに広がっているのは、砂浜ではなく海だ。大海原の真ん中で、ぽつりと浮かんでいる。体が大きく揺れた。波が高い。

 私は一気に混乱した。何が、どうなってるの? さっきまで、歌を聴いてたはずなのに……。

 そうだ、歌はどこ? どこにいったの?

 歌を求めて激しく動き回る。けれど、そのせいで私はバランスを崩してしまった。

 あ! 沈む!

 そう思ったのも束の間、私は引きずり込まれるように沈んでいく。顔が水中に浸かりきった途端、静寂が訪れた。外の世界とはまるで違う。こんなにも穏やかだ。なのに、底の見えない深さが、不安を掻き立ててくる。

 思わず水上へ出ようと足掻くけれど、冷静さを欠いたそんな動きでは逆効果になってしまう。 

 駄目だ。もう戻れない。

 そう諦めかけた時。私の求めていたものが体に響いてきた。

 ああ、唄だ。やっと聞こえた。

 そのメロディーは、私に安らぎを与えてくれた。おかげで、冷静さを取り戻した。そしてその発生源を探ろうと、意識を集中させる。音の振動は……あっちだ。

 私は体を安定させると、目的の方向へと泳いでいった。

 しばらくすると、音も近く、大きくなってきた。泳ぐのをやめてひょっこりと顔を覗かせると、前方に島が見えた。大きな島だ。山には、生き生きと木々が生い茂っている。綺麗な水に美味しい果実。そんな豊かな島が心に浮かんだ。

 目を凝らして見ると、その砂浜には人の姿。

頭や腕、腰、手足...…体のあちこちに、緑を束ねまとっている。そして軽やかにステップを踏み、気持ちよさそうに踊っていた。

 あの人だ。彼女が唄っている。ああ、いいなぁ。私も陸に上がっちゃおうかなぁ。やっぱり、恥ずかしいからやめとこうかなぁ。

 でも、一緒には唄っちゃおう。

『アイのウタ うたうよ』

 彼女が唄う。だから、私はこう応えた。

『きこえるよ』

 不意に音が消えた。続いて、視界も暗転する。

 何? どうしたの?

 状況が理解できないまま、私はしばらく固まっていた。なんだか、深い谷底にいるような気分だ。

 すると突然、体が宙に浮かび上がった。

 え? 嘘!? 浮いてる!?

 何もしていないのに、体は勝手に動きだす。上に上にと、徐々に速度を上げながら。まるで、何かに引っ張られているようだ。

 その途中、幾度も流れていく色んな風景。仲のいい、二頭のクジラ。捕鯨船と、それに捉えらえるクジラ。生まれ変わって、人間。私たちは家族。…………。



 気がつくと、私は浜辺に戻っていた。すぐそこに海。反対側には小さな崖。今までと何も変わらない、普通の世界。

 目の前にはカホラちゃんがいる。ただ、とても驚いた表情をしていた。

 そして、私は唄っていた。今まで知らなかったはずの『いのちのしま』を。だって、溢れ出て来るんだもん。言葉も、メロディーも。

 おかしいと思いながらも、私は構わず唄い続けた。というか、止められなかったんだ。心地よすぎて。

 結局私は、そのまま最後まで唄いきってしまった。後に残るこの達成感というかなんというか。たまらなく気持ちいい。

 そんな余韻にふけっていたときである。

「うららさん!! この歌知ってるのですか!?

 ものすごい剣幕で、カホラちゃんが尋ねてきた。

「え? えっと、よく分からないけど、知ってる。というか、思い出した?」

 そんなカホラちゃんの様子に戸惑う私は、曖昧ながらも答えた。というのも、自分でもどうなっているのかまだよく分かっていない。夢を見ているような感じではあったけど……。

「どこで、いつ、どこで知ったのです!?

「いつ? あれ、いつどこだろう?」

 と、いうより…...最初から知っていた。そんな気がする。

 なんとか思い出そうとする私。けれどカホラちゃんがすごく食いついてくるものだから、まともに考えることができない。

 どうしよう。答えてあげたいのに、言葉にして答えられない。

 とその時、後ろから声が聞こえてきた。

「そう慌てなさんな。うららちゃんが困ってるべさ」


 驚いて振り向く。いつの間に現れたのか、そこにはお婆さんの姿があった。



イラスト by Chii

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