2015年8月5日水曜日

六楽章〜その3

 翌朝、朝食を済ませた私たちは、お父さんの車に乗り買い物へと出かけた。場所は、友達と遊びに行った時のあのデパート。どうせなら大きな店に行こう、とお父さんが提案したからだ。確かに、そっちの方が品物が充実していて良いかもしれない。

〝えー。またあそこ行くのー?〟

 一匹だけ、不満そうな声を出しているけど。声っていうか、テレパシーだけど。

「無理してついてこなくてもよかったんだよ?」

 どうやらフラッチーは、都会にはあまり行きたくないらしい。

〝そういうわけにはいかないよ。別に大したことないし〟

「そう。ならいいけど」

 前回だって普通についてきてたことを思うと、フラッチーの言う通り大したことはないんだろう。

 後ろではお母さんとジープさんが、相変わらず話に花を咲かせていた。

 そうして私たちを乗せた車は南へと進んでいき、目的地であるデパートの駐車場に到着する。

〝それにしても大きいなぁ。こんなものを造り出せるところは、ある意味尊敬に値するんだけどね……〟

 集合場所と時間を決めると、皆思い思いのフロアに行く。といっても単独で動くのはお父さんだけ。食品を買いに来た私とお母さん、そして特に用もないジープさんの三人は、一緒に行動することになった。

「じゃあ、早速一階で食べ物を買いに」

「その前に洋服とかも見ていくわよ。せっかくここまで来たんだから」

 私の言葉を制止し、お母さんはすたすたと婦人服のコーナーへと歩いて行ってしまう。

「えー……。まあ、いっか」

 急ぐ必要はないし、お母さんの気持ちも分かるしね。ついこの前来たばかりだけど、私もちょっと見てみようかな。

 そこで私は、友達と遊びに来た時のことを思い出す。服を買おうとした時、フラッチーに言われた言葉を。

「ねえ、フラッチー。ここに売ってる服って、全部あの、ダメなのかな?」

 前回と同様、周辺をうろうろしているフラッチーに声をかける。するとフラッチーは、一方をヒレ指しながら言う。

〝そうでもないよ。ほら、あっちの方とかは波が綺麗で穏やかでしょ。ちゃんと探せば良いものもあるよ〟

 そっちに視線を向けると、確かに他とはなんか雰囲気が違う気がしないでもない。よく分からないけれど、フラッチーがそう言うなら、大丈夫でしょ。

 見るだけ見てみようと、私は示されたコーナーに行く。とりあえず、どんなものが置いてあるのか、見て回ることにしよう。

「これ、チクチクする。着たら痛そう」

 最初に目に入ってきた服を触ってみると、表面がザラザラしていた。

〝麻で出来てるからね。でも着てたらだんだん馴染んできて、気持ち良くなるよ〟

「ふーん。でも痛いのはちょっとねぇ」

 場所を変え、他にはどんなものがあるのかと探してまわる。

 次に気になったのは、清潔感あふれる白のキャミソール。触ってみると、サラサラしていて気持ちいい。

「これいいなぁ。涼しそうだし」

〝でも高いよ。シルクだし〟

「やっぱり? 見た目からして高そうだもんね。でも、以外と案外安かった……り…………」

 少し期待しながら値札を見て、私は絶句する。そして、そっと元の位置に戻した。

 その後もしばらく探索を続けていくと、私は綺麗な青いワンピースを見つける。底知れぬ海のようなその深い青さに、私は見惚れてしまった。しばらく眺めていると、憧れや、懐かしさといった感情が生まれてくる。どうしてこんな気持ちになるのかは分からないけれど、この青さに強く惹かれているのは分かった。

「うわぁ。すごいね、これ」

〝でしょ! 藍で染めた布って美しいよね!〟

 素朴な感想をもらした私に、フラッチーが嬉しそうに同調する。

「染めたって、藍で? へぇ、こんな綺麗な色になるんだ。自然の力って凄いんだね」

〝それでね! 藍で染めた衣を身にまとって、輪になって踊るとね! ソラから見たときに、藍の花が咲いてるみたいに見えるんだよ!〟

 よほどその植物が好きなのか、藍について語るフラッチーはいつも以上にいきいきしている。

その光景が微笑ましくて、つい笑みをこぼしてしまう。

「ふふっ。そうなんだ。あれ、でも藍の花って、赤っぽい色じゃなかった?」

〝そうだけど、染める時に使うのは花じゃなくて葉っぱなんだよ。まったく、そんなことも知らないなんて〟

「ええ⁉︎ ご、ごめんなさい」

 それにしても、綺麗だなぁ。ちょっと、着てみたいかも。でも、私なんかに似合うかなぁ。

〝そうだ! うらら、これちょっと着てみてよ! 絶対似合うよ!〟

 悶々としていた私に、フラッチーは瞳を輝かせながら言う。

「そ、そう? じゃあ、ちょっと着てみようかな」

 私はそのワンピースを持って、試着室に入る。服を着ようとした時、ツンとするような香りとほのかに甘い香りが、私の鼻腔をくすぐった。なんていうか、いい匂いだ。

 そうして藍の衣を身にまとった私は、不思議な感覚にあう。まるで念願の夢が叶ったようなそんな感じ。でも、どうしてだろう。

〝ねぇねぇ、まだー?〟

 そんなことを考えていると、フラッチーに待ちきれないといった感じで声を掛けられた。そこで思考は中断されてしまう。

「待って。もうすぐだから」

 服や髪を整えると、カーテンを開いていざお披露目する。

「ど、どう?」

〝おおー! 見違えちゃうくらい綺麗になってるよ! うららじゃないみたい!〟

 嬉しいけど、素直に喜べないなぁ。絶対最後の一言は余計だよね。そりゃあんまりオシャレとかに気を使うタイプじゃないけどさ。

〝いやー。ついに念願の藍の服を……。よかったね、フララ〟

 と、しみじみ言ったフラッチーのその言葉が、私の中で引っかかる。

 念願。この服を着た時に感じたその言葉。そして、初めてこれを見た時の感覚。まるで、このときを待ち望んでいたような……。

〝で、どうするの? 買っちゃう? それとも買っちゃう?〟

「え? ああ」

 フラッチーの声で、私は我に帰る。

「って、買うしか選択肢がないのかい。無理だよ。お金足りないし」

〝えー、つまんなーい〟

 ガッカリとヒレを垂れさせるフラッチー。でも、こればっかりは仕方が無いよ。

「だから、こっちのTシャツにするよ。これも藍染だし、これなら私でも買えるから」

〝おお! さすがうらら! 太っ腹!〟

 そうして購入した服を手に、別の場所にいる二人と合流する。お母さんはお気に召すものがなかったらしく、渋い顔をしていた。それに付き合わされたジープさんも、やや疲れ気味。そんなお母さんに、私は提案する。

「あっちの方に、すごく良いのがたくさんあったよ」

「そんなことより食材買いに行くわよ。そのために来たんだから」

 えー。服買うって言ったのお母さんじゃん。まったく、すぐ気が変わるんだから。まあいいや。さっきのことで、私も本題を忘れかけてたし。

 婦人服コーナーに居た私たちは、一階の食品コーナーにやって来た。

「ところで、今夜のディナーは何デスカ?」

 不意に、ジープさんがそう聞いてきた。今夜とディナーで二回も夜が出てるところはスルーね。

「特に決めてなかったわ。そうね……。何か希望はあるかしら?」

 と言われても、こんな時間から晩御飯に何を食べたいかなんて、あんまり考えられないんだよねぇ。ちなみに昼は外食をする予定。

 何がいいかと考えていると、ジープさんが意見をだす。

「私、テンプラというものを食べてみたいデース」

 なるほど、外国人らしいね。あ、でもこの前食べたから無理かな。と思っていると、意外にもあっさりと今晩のメニューが確定してしまった。ほんとジープさんには甘いわぁ。

「それじゃ、必要なものを買い集めましょうかね」

 と言って買い物を始めるお母さん。

 さて、ここからが本番だ。ちゃんとお母さんに分かってもらえるように頑張らないと。私は気合を入れ、カートを押しながら後についていく。



イラスト by Chii

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