翌朝、朝食を済ませた私たちは、お父さんの車に乗り買い物へと出かけた。場所は、友達と遊びに行った時のあのデパート。どうせなら大きな店に行こう、とお父さんが提案したからだ。確かに、そっちの方が品物が充実していて良いかもしれない。
〝えー。またあそこ行くのー?〟
一匹だけ、不満そうな声を出しているけど。声っていうか、テレパシーだけど。
「無理してついてこなくてもよかったんだよ?」
どうやらフラッチーは、都会にはあまり行きたくないらしい。
〝そういうわけにはいかないよ。別に大したことないし〟
「そう。ならいいけど」
前回だって普通についてきてたことを思うと、フラッチーの言う通り大したことはないんだろう。
後ろではお母さんとジープさんが、相変わらず話に花を咲かせていた。
そうして私たちを乗せた車は南へと進んでいき、目的地であるデパートの駐車場に到着する。
〝それにしても大きいなぁ。こんなものを造り出せるところは、ある意味尊敬に値するんだけどね……〟
集合場所と時間を決めると、皆思い思いのフロアに行く。といっても単独で動くのはお父さんだけ。食品を買いに来た私とお母さん、そして特に用もないジープさんの三人は、一緒に行動することになった。
「じゃあ、早速一階で食べ物を買いに」
「その前に洋服とかも見ていくわよ。せっかくここまで来たんだから」
私の言葉を制止し、お母さんはすたすたと婦人服のコーナーへと歩いて行ってしまう。
「えー……。まあ、いっか」
急ぐ必要はないし、お母さんの気持ちも分かるしね。ついこの前来たばかりだけど、私もちょっと見てみようかな。
そこで私は、友達と遊びに来た時のことを思い出す。服を買おうとした時、フラッチーに言われた言葉を。
「ねえ、フラッチー。ここに売ってる服って、全部あの、ダメなのかな?」
前回と同様、周辺をうろうろしているフラッチーに声をかける。するとフラッチーは、一方をヒレ指しながら言う。
〝そうでもないよ。ほら、あっちの方とかは波が綺麗で穏やかでしょ。ちゃんと探せば良いものもあるよ〟
そっちに視線を向けると、確かに他とはなんか雰囲気が違う気がしないでもない。よく分からないけれど、フラッチーがそう言うなら、大丈夫でしょ。
見るだけ見てみようと、私は示されたコーナーに行く。とりあえず、どんなものが置いてあるのか、見て回ることにしよう。
「これ、チクチクする。着たら痛そう」
最初に目に入ってきた服を触ってみると、表面がザラザラしていた。
〝麻で出来てるからね。でも着てたらだんだん馴染んできて、気持ち良くなるよ〟
「ふーん。でも痛いのはちょっとねぇ」
場所を変え、他にはどんなものがあるのかと探してまわる。
次に気になったのは、清潔感あふれる白のキャミソール。触ってみると、サラサラしていて気持ちいい。
「これいいなぁ。涼しそうだし」
〝でも高いよ。シルクだし〟
「やっぱり? 見た目からして高そうだもんね。でも、以外と案外安かった……り…………」
少し期待しながら値札を見て、私は絶句する。そして、そっと元の位置に戻した。
その後もしばらく探索を続けていくと、私は綺麗な青いワンピースを見つける。底知れぬ海のようなその深い青さに、私は見惚れてしまった。しばらく眺めていると、憧れや、懐かしさといった感情が生まれてくる。どうしてこんな気持ちになるのかは分からないけれど、この青さに強く惹かれているのは分かった。
「うわぁ。すごいね、これ」
〝でしょ! 藍で染めた布って美しいよね!〟
素朴な感想をもらした私に、フラッチーが嬉しそうに同調する。
「染めたって、藍で? へぇ、こんな綺麗な色になるんだ。自然の力って凄いんだね」
〝それでね! 藍で染めた衣を身にまとって、輪になって踊るとね! ソラから見たときに、藍の花が咲いてるみたいに見えるんだよ!〟
よほどその植物が好きなのか、藍について語るフラッチーはいつも以上にいきいきしている。
その光景が微笑ましくて、つい笑みをこぼしてしまう。
「ふふっ。そうなんだ。あれ、でも藍の花って、赤っぽい色じゃなかった?」
〝そうだけど、染める時に使うのは花じゃなくて葉っぱなんだよ。まったく、そんなことも知らないなんて〟
「ええ⁉︎ ご、ごめんなさい」
それにしても、綺麗だなぁ。ちょっと、着てみたいかも。でも、私なんかに似合うかなぁ。
〝そうだ! うらら、これちょっと着てみてよ! 絶対似合うよ!〟
悶々としていた私に、フラッチーは瞳を輝かせながら言う。
「そ、そう? じゃあ、ちょっと着てみようかな」
私はそのワンピースを持って、試着室に入る。服を着ようとした時、ツンとするような香りとほのかに甘い香りが、私の鼻腔をくすぐった。なんていうか、いい匂いだ。
そうして藍の衣を身にまとった私は、不思議な感覚にあう。まるで念願の夢が叶ったようなそんな感じ。でも、どうしてだろう。
〝ねぇねぇ、まだー?〟
そんなことを考えていると、フラッチーに待ちきれないといった感じで声を掛けられた。そこで思考は中断されてしまう。
「待って。もうすぐだから」
服や髪を整えると、カーテンを開いていざお披露目する。
「ど、どう?」
〝おおー! 見違えちゃうくらい綺麗になってるよ! うららじゃないみたい!〟
嬉しいけど、素直に喜べないなぁ。絶対最後の一言は余計だよね。そりゃあんまりオシャレとかに気を使うタイプじゃないけどさ。
〝いやー。ついに念願の藍の服を……。よかったね、フララ〟
と、しみじみ言ったフラッチーのその言葉が、私の中で引っかかる。
念願。この服を着た時に感じたその言葉。そして、初めてこれを見た時の感覚。まるで、このときを待ち望んでいたような……。
〝で、どうするの? 買っちゃう? それとも買っちゃう?〟
「え? ああ」
フラッチーの声で、私は我に帰る。
「って、買うしか選択肢がないのかい。無理だよ。お金足りないし」
〝えー、つまんなーい〟
ガッカリとヒレを垂れさせるフラッチー。でも、こればっかりは仕方が無いよ。
「だから、こっちのTシャツにするよ。これも藍染だし、これなら私でも買えるから」
〝おお! さすがうらら! 太っ腹!〟
そうして購入した服を手に、別の場所にいる二人と合流する。お母さんはお気に召すものがなかったらしく、渋い顔をしていた。それに付き合わされたジープさんも、やや疲れ気味。そんなお母さんに、私は提案する。
「あっちの方に、すごく良いのがたくさんあったよ」
「そんなことより食材買いに行くわよ。そのために来たんだから」
えー。服買うって言ったのお母さんじゃん。まったく、すぐ気が変わるんだから。まあいいや。さっきのことで、私も本題を忘れかけてたし。
婦人服コーナーに居た私たちは、一階の食品コーナーにやって来た。
「ところで、今夜のディナーは何デスカ?」
不意に、ジープさんがそう聞いてきた。今夜とディナーで二回も夜が出てるところはスルーね。
「特に決めてなかったわ。そうね……。何か希望はあるかしら?」
と言われても、こんな時間から晩御飯に何を食べたいかなんて、あんまり考えられないんだよねぇ。ちなみに昼は外食をする予定。
何がいいかと考えていると、ジープさんが意見をだす。
「私、テンプラというものを食べてみたいデース」
なるほど、外国人らしいね。あ、でもこの前食べたから無理かな。と思っていると、意外にもあっさりと今晩のメニューが確定してしまった。ほんとジープさんには甘いわぁ。
「それじゃ、必要なものを買い集めましょうかね」
と言って買い物を始めるお母さん。
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