まずは、サラダや揚げ物に使う野菜から。今の時期だとナスやピーマンがいいかな。
お母さんも同じように考えたのか、さっそく手にとって品質を見定めている。もちろん、安いやつね。
とりあえずは、そういった類のものを買い物カゴに入れさせないようにしないといけない。
「ねえお母さん。こっちの方が美味しそうじゃない? これにしようよ」
大きく無農薬と主張された野菜をお母さんに見せ、提案してみる。
「嫌よ。そんな高いの」
だよね。言うと思った。
「でもほら、安ければ良いってものでもないでしょ。だからさ」
「それくらい分かってるわよ。でも安いに越したことないでしょ」
うーん。だめかぁ。やっぱりちゃんと説明しないといけないよね。それでも分かってくれるか不安だけど。
一呼吸入れると、神妙な顔つきで私は言う。
「お母さんは、そういう野菜がどうやって育てられてるのか、知ってる? 農薬とか化学肥料とかいう変な薬をたくさん使ってるんだよ」
「何よ急に。知ってるに決まってるじゃない。バカにしてるの?」
お母さんは不愉快そうに私を一瞥する。そして、見た目は立派なその野菜をカゴの中に入れようとしてくる。
「だから、そういうの良くないんだって」
そんな説明じゃ分かってくれないと知っていながらも、必死だった私にはそんな抵抗しかできなかった。
「だから、そういうの良くないんだって」
そんな説明じゃ分かってくれないと知っていながらも、必死だった私にはそんな抵抗しかできなかった。
と、そこでジープさんが口を挟んできた。
「私はウララさんのほうが良いと思いマス。とても美味しそうデス」
「あら、そう? じゃあ、そっちにしようかしら」
言うと、お母さんはあっさりと商品を取り替えてしまう。その光景を、私は唖然として見ていた。信じられないものを見てしまった気分だ。少し、怒りがこみ上げてくる。でも、おかげで一時は凌げたんだし、感謝しないと。
「ありがとうございます、ジープさん。おかげで助かりました」
お母さんが別のコーナーに行ったところで、私はお礼を言った。
お母さんが別のコーナーに行ったところで、私はお礼を言った。
「いえいえ。私が好きな方を選んだだけデース」
いつもの爽やかな笑顔を浮かべると、ジープさんはお母さんに呼ばれて行ってしまう。
〝彼は夏海のパートナーなだけあって、そういうことに理解があるんだよ〟
二人の後を追っていると、フラッチーの声が聞こえてきた。
「へー。どこで知ったの?」
〝直接聞いた〟
けろっと答えるフラッチー。ああ、そういえばなんか話してたね。私が料理を手伝ってるときもジープさんの所に行ってたし。
〝それより、賭けのこと忘れてないよね?〟
そこで繰り出される強烈な一言。もう、忘れようとしてたのに。
「いやー、今はそれどころじゃないし」
〝ま、いいけど。それと、忘れようったって無駄だからね〟
「う、うん」
もしかして、私の作戦に気づかれちゃったのかな。それはちょっとやばいな。どうしよう。
って、違う違う。今はそんなことよりお母さんだよ。さっきみたいにジープさんを頼るわけにもいかないし、なんとかしないと。
「うらら、早くカート持ってきなさい」
思考を巡らせていると、お母さんに呼ばれてしまった。
「はーい」
次こそは! と気合を入れ、二人の元へカートを押していく。
早速ピーマンを入れようとしてきたので、問答無用でそれを制止する。
「ちょっと待って。また安さだけで比較してるんじゃないの? ほら、しかも外国産だし」
「はあ? だからなんなのよ。ていうか何よさっきから。夏海みたいなこと言って」
お母さんは鬱陶しそうにため息を吐く。そうやって聞く耳を持たないお母さんに、私はイラっとしてしまった。
「私は皆のために言ってるのよ。夏姉から何度も聞いてるでしょ、そういう食べ物のことについてとか。なのに、どうして分かってくれないのよ!」
取り乱し気味な私を、お母さんは冷ややかに見つめて、言う。
取り乱し気味な私を、お母さんは冷ややかに見つめて、言う。
「ええ、そうよ。さんざっぱら聞かされたわよ。薬がどうとか、添加物がどうとか」
それから周囲を見渡し、「でも」と続ける。
「周りを見てごらんなさいよ。そんなの気にしてる人なんて、全然いないじゃない」
「そ、それは、みんな知らないだけで……」
「それに、今までずっとこうだったけど、別になんとも無かったじゃない。あんたも何吹き込まれたか知らないけどね、そんなの夏海が勝手に言ってるだけなのよ」
「それは、違うよ!」
お母さんのプレッシャーに萎縮してしまっていたけど、それだけははっきりと否定することができた。夏姉のあの真剣な瞳が、嘘を言っているなんて思えない。それに、フラッチーの言うことが間違っているわけないじゃない。理屈なんて無いけれど、私はそう信じているんだ。
お母さんは一瞬だけ声を詰まらせるも、またいつもの調子で言葉を続ける。
「だいたい、食べたら病気になるような物なんて、売るわけないじゃないの」
「そんなことは……」
反論しようとして、ふと自分の言葉を思い出す。私も、同じようなことをフラッチーに言ったんだ。
『そんなつまらない常識に縛られているから』
脳裏をよぎったのは、そんな言葉。
フラッチーに出会って、フラッチーと色々話をして、私の常識は、きっと変わったんだ。だから夏姉やフラッチーの言うことを信じることができた。
なら、お母さんは?
夏姉の言うことを信じないのは何故? 私の言うことを聞かないのは何故?
それはきっと、フラッチーの言う「つまらない常識」に縛られているからなんだ。
なんだ。簡単なことじゃない。「つまらない常識」に縛られているなら、それを解いてあげればいい。お母さんの常識を、変えてあげればいいんだよ。
でも、常識を変えるって、一体どうすればいいんだろう。私やジープさんみたいにフラッチーが見えるわけでもなければ、夏姉のように重い病気に罹った経験もない。お母さんの健康すぎるところが、今回ばかりは仇になっちゃったなぁ。いや、病気になってほしいわけじゃないけどね。
何か掴めそうだったけれど、結局振り出しに戻ってきてしまった。大した案が無ければ、策も無し。
「どうしたもんかねぇ……」
溜め息混じりに吐き出された言葉は、喧騒に紛れ、かき消されていった。
0 件のコメント:
コメントを投稿