〝よし、じゃあそうと決まれば早速確かめに行こう!〟
「うーん。確かめてはみたいけど、でもなぁ」
私が渋っていると、フラッチーは〝どうかしたの?〟と聞いてくる。
「なんていうか、その……話しかけにくい」
知らない人とか苦手だし異性とかもっと苦手だし、さらにそれが外国人ともなるともう、ね。するとフラッチーは溜め息を一つ吐く。
〝そういうところは相変わらずかー。ほら、普通に聞けばいいんだよ。あなたはこのイルカが見えますかって〟
なんか、昔から私のこと知ってるみたいな口ぶりが気になったけど、まあいいや。
「そんなことを聞く勇気は私には無いよ。違ってたら恥ずかしいし」
〝はぁ〟
またしても溜め息を吐かれてしまう。それにつられたかのように、私の口からも息がこぼれていく。
何か良い方法はないだろかと考えることしばし、私はとても簡単な事に気付いてしまった。
「ねえ、別に私が聞く必要ないよね。だって、フラッチーが話しかけた時の反応を見るだけで答え出ちゃうでしょ」
〝おお、確かに! じゃああたしが直接会いに行けばいいのか〟
よし。これで私が話す必要性は無くなった。いやぁーこんなこと思いつくなんて私、天才だなー。
〝じゃ、今度こそ真実を確かめに行くよ!〟
ということでジープさんの所に行くべく、私たちは部屋を出て階段を下りていく。その途中、またしても私は重要な事に気付く。
「あのさ、これってジープさんが一人の時にしか出来ないよね」
〝え、どうして?〟
首を傾げて分からないというポーズをとるフラッチー。ははぁ。この子もう忘れちゃってるのね、あの約束のこと。まあ、全然守ってくれなかったけどさ。
「とにかく、一人の時じゃないと駄目なの。でもあの人、お母さんに絡まれまくっちゃってるから中々チャンスが来ないでしょ。だからここで待ち伏せするんだよ」
説明するのも面倒なので強引に押し切ると、私は階段の角に身を隠し、片目だけを覗かせて下の様子を窺う。正面には玄関、右に客室で左が皆のいるリビングだ。
〝張込みだね!〟
フラッチーは嬉しそうに言うと、私の頭上で同じように覗く。
しばらくすると、リビングの扉が開かれた。
「フラッチー、ゴー」
小声で指示を出すと、フラッチーは〝ラジャー〟と言って扉まで一直線に空中を滑っていく。そして中から出てきた人物に〝ハロー!〟と元気よく挨拶した。さあ、これでどっちが正しかったのかが証明される。
結論。返事は帰って来なかった。それどころか、フラッチーの存在にすら気付いていなかった。それもそのはず。だってそこから出てきたのはジープさんではなく、お父さんだったのだから。
何も知らないお父さんは階段を昇ってくると、角のところで座り込んでいる私に訝しげな視線を送ってくる。
「何やってんだ、こんな所で」
「自分の失態を戒めているのです」
俯き様に言うと、お父さんはふんと鼻息を鳴らしてそのまま通り過ぎていった。すると今度はフラッチーがやって来る。
〝ねえ、うらら〟
「何も言わないで」
気を取り直して待つことしばし、リビングの扉が開くと今度はちゃんとジープさんがそこから姿を現した。慌ただしくそわそわしてるけど、どうしたんだろう。
その理由は、ジープさんの次の一言で分かった。
「Oh! Where is the toilet.」
〝トイレ? こっちこっち〟
既にスタンバイしていたフラッチーが案内すると、「Thanks!」とお礼を言ったジープさんと共にトイレまで行ってしまった。
それがあまりにも自然な出来事だったせいで、危うく見過ごしてしまうところだった。フラッチーの呼びかけに、ジープさんは応じた。それはつまり、ジープさんはフラッチーのことを認識してるってことだ。
フラッチーの帰還を待ってから自室に戻ると、ちゃぶ台を挟んでお互いに正面を向き合う。一方は勝ち誇ったように、もう一方は平静を装うように。
「ジープさん、やっぱりフラッチーのこと見えてたんだね」
しばらくの沈黙の後、私はそう口を開いた。
〝まあ、分かり切ったことだけどね。最初の時点であたしとかチョー目が合ってたし〟
なんと、それを分かっていて賭けに持ち込んだと。なかなか卑怯な手を使いますなぁ、このイルカ。
「でも、じゃあどうして今までは無反応だったのかについては、まだ分からないね」
「フラッチーはどう思う?」と視線を送る。
〝そんなことより勝敗つけようよ〟
「……そうだ、最初は見えてなかったけど、途中から、トイレに行こうとリビングから出てきた時に急に見えるようになったんだよ」
〝何を捏造してるのさ。どのみち見えちゃってるんだから私の勝ちは変わらないでしょ〟
ああ、ついにその言葉を言われてしまった。なるべくその事には触れないように、別の話をしている間に忘れ去ってしまおうと考えていたのに。
〝諦めたら? もううららに勝ち目は無いんだから〟
「ぐぬぬ」
確かにフラッチーの言う通りだ。私に勝ち目は無い。ジープさんがフラッチーの存在を認識できるということが確定してしまったから。
なんとかならないかと必死に考えを巡らせていると、あることに気付く。ズボンのポケットに手を入れると、くしゃりという音がした。そうだ、まだ望みはある。
なんとかならないかと必死に考えを巡らせていると、あることに気付く。ズボンのポケットに手を入れると、くしゃりという音がした。そうだ、まだ望みはある。
「でも、まだ負けたわけじゃない」
〝へ?〟
「これをよく見てごらん」
そう言ってポケットに仕舞っていた紙切れを、ちゃぶ台の真ん中に置く。そこには今回の取り引き内容とお互いのサインが記されている。その中の、勝敗について書かれた項目を指し示す。
「私の勝利条件は、ジープさんがフラッチーの存在を認識できなかった場合」
〝うん。でもそうじゃなかったよ。だからあたしの勝ち〟
「それがそうでもないんだなぁ」
もったいぶって告げると、説明を求めるようにフラッチーは視線を送ってきた。
「注目して欲しいのはここ」
勝敗についてと書かれた所に置いていた指を、その下の項目へとスライドさせていく。そこに書かれているのは、フラッチーが勝者となる場合の条件。
「ジープさんはフラッチーのような未確認知的幽霊体を既に何度も見たことがある、というのがフラッチーの勝利条件でしょ」
「私の勝利条件は、ジープさんがフラッチーの存在を認識できなかった場合」
〝うん。でもそうじゃなかったよ。だからあたしの勝ち〟
「それがそうでもないんだなぁ」
もったいぶって告げると、説明を求めるようにフラッチーは視線を送ってきた。
「注目して欲しいのはここ」
勝敗についてと書かれた所に置いていた指を、その下の項目へとスライドさせていく。そこに書かれているのは、フラッチーが勝者となる場合の条件。
「ジープさんはフラッチーのような未確認知的幽霊体を既に何度も見たことがある、というのがフラッチーの勝利条件でしょ」
〝未確認知的幽霊体……〟とフラッチーが呟いている。いやそこ気にするところじゃないから。
話を戻そうと、続きを口にする。
「ただ見えるってだけじゃ、そういう判定はできないよ」
フラッチーの言うようなことなんてどうせ無いんだから、これで実質引き分けだ。勝てなくても負けなければ良いんだよ。肝心なのはあきらめない心!
〝ああ、それならちゃんと聞いてきたよ。見事あたしの言った通りでちょっとびっくりだったよ〟
「……え」
しれっと言うフラッチーに、呆然としてしまう。何それどゆこと聞いてないんですけど。ようするに、トイレに案内しにいった時にちゃっかり聞いてきちゃったと。
「あー、でもほら。証拠とか、ないから」
フラッチーの言うようなことなんてどうせ無いんだから、これで実質引き分けだ。勝てなくても負けなければ良いんだよ。肝心なのはあきらめない心!
〝ああ、それならちゃんと聞いてきたよ。見事あたしの言った通りでちょっとびっくりだったよ〟
「……え」
しれっと言うフラッチーに、呆然としてしまう。何それどゆこと聞いてないんですけど。ようするに、トイレに案内しにいった時にちゃっかり聞いてきちゃったと。
「あー、でもほら。証拠とか、ないから」
内心困惑しながらも、なんとかそれを否定しようと試みる。
〝だったら直接聞いてみればいいよ。そしたら真実が分かるからさ〟
勝ちを確信してるだけあって、フラッチーは余裕綽々といった様子。しかし私は、意地の悪いことを思いついてしまった。
後で聞くと言っておいてジープさんが帰るまで放置。そうすれば確かめる手段はなくなり、賭け自体もなくなる。完璧な計画よ。
そうしてこの話題に一段落つけた頃には、天高く大地を照らしていた太陽が傾きはじめ、蒸すような暑さもいくらか和らいでいた。夏姉たち夕方には帰るって言ってたし、そろそろかな。
様子を見るべく、私は一階に下りる。今を覗いてみると、ちょうど荷物をまとめているところだった。
〝すごい荷物だね。特になつみの方〟
そう。それは私も気になっていた事で、まるで旅でもしているかのような装いをしている。ていうかいきなり呼び捨てなんだ。
しばらく雑談をしながらくつろいでいると、「そろそろ行かないとねー」と夏姉が荷物を持って立ち上がる。和み惜しみながらも玄関へと歩いて行くと、私たち家族もお見送りをしようと、それに続く。
「それじゃ、行ってきます」
夏姉軽々しく挨拶をすませると、玄関のドアノブに手をかける。別れ際なのにあっさりしているなぁと思いながら、手を振って送り出そうとする。
〝だったら直接聞いてみればいいよ。そしたら真実が分かるからさ〟
勝ちを確信してるだけあって、フラッチーは余裕綽々といった様子。しかし私は、意地の悪いことを思いついてしまった。
後で聞くと言っておいてジープさんが帰るまで放置。そうすれば確かめる手段はなくなり、賭け自体もなくなる。完璧な計画よ。
そうしてこの話題に一段落つけた頃には、天高く大地を照らしていた太陽が傾きはじめ、蒸すような暑さもいくらか和らいでいた。夏姉たち夕方には帰るって言ってたし、そろそろかな。
様子を見るべく、私は一階に下りる。今を覗いてみると、ちょうど荷物をまとめているところだった。
〝すごい荷物だね。特になつみの方〟
そう。それは私も気になっていた事で、まるで旅でもしているかのような装いをしている。ていうかいきなり呼び捨てなんだ。
しばらく雑談をしながらくつろいでいると、「そろそろ行かないとねー」と夏姉が荷物を持って立ち上がる。和み惜しみながらも玄関へと歩いて行くと、私たち家族もお見送りをしようと、それに続く。
「それじゃ、行ってきます」
夏姉軽々しく挨拶をすませると、玄関のドアノブに手をかける。別れ際なのにあっさりしているなぁと思いながら、手を振って送り出そうとする。
ふと、思い出したように振り返ると、私を見て一言。
「よろしく頼んだよ、うららちゃん」
最後に微笑むと勢いよく扉を開き、一歩、また一歩と歩き出した。
ありがとう。私、がんばってお母さんを説得してみせるよ。
それから、お父さんが車で送るために家を出て行った。そうして残された私たち三人は──え、三人?
「よろしく頼んだよ、うららちゃん」
最後に微笑むと勢いよく扉を開き、一歩、また一歩と歩き出した。
ありがとう。私、がんばってお母さんを説得してみせるよ。
それから、お父さんが車で送るために家を出て行った。そうして残された私たち三人は──え、三人?
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