2015年5月13日水曜日

五楽章〜その7

 ドキリとして私は一度部屋の外に出た。鼓動が速くなっているのが分かる。

〝そんなに焦ってどうしたのさ〟

 私とは対照的で落ち着いた様子のフラッチーは、不思議そうに私を見る。

「だ、だって、あの人見てたよ! フラッチーのこと」

 見えないはずなのに、見えていた。ありえないよ、そんなこと。

〝うん、見られてたね〟

 それをフラッチーは、たいしたことなさそうに言う。それを分かっていてどうしてそんなに落ち着いていられるのよ。

「人には見えないはずなのに。はっ! もしかして、人じゃない!?」

〝それを言ったらうららも人じゃなくなるんじゃ……〟

そんなフラッチーのツッコミも聞かずに、私はただ取り乱す。

〝あ、うらら何か勘違いしてるんじゃないの?〟

 そんな私を見ていたフラッチーが思いついたようにを口にする。勘違いしてるつもりはないけど、どうだろう。

〝最初うらら聞いたでしょ。どうして私にイルカの魂が見えるのかって。その時あたしなんて説明した?〟

 最初、というとあの浜辺で初めて会った時のことだよね。そこでフラッチーが言っていた言葉は……。

「ああ、なるほど」

〝納得した?〟

「おかげさまで」

 今までフラッチーを認識できる人が身近にいなかったから、私にしか見えないものだと思い込んじゃってたわけね。

〝それに、見られちゃいけないってこともないでしょ。だから別に気にすることないんだよ〟

「そっか、そうだよね。気にしなくていいんだよね」

 落ち着きを取り戻した私は、それでも恐る恐る居間へと入っていく。

 皆は既に席に着いていて、食事の準備は万全といった様子。私が来るのを待ってくれていたようだ。

「あ、うららちゃんどこ行ってたの?」

「ちょっとお花摘みに」

 夏姉が少し心配そうに聞いてきたので、なんでもないよとばかりに誤摩化す。

「ああ、トイレか」

 ちょっとお父さん、せっかく私が食事前だからって気を遣ってあげたのにまったくもう、デリカシーのかけらもない。

 席に着く前にちらっとジープさんの方へと視線を向けてみる。彼は「オハナツミとは何デスか?」と首を傾げているだけで、フラッチーのことを気にしている素振りはない。その様子を見ていると、本当に見えていたのか怪しくなってくる。

 まあいいや。今はご飯ご飯。今日のメニューは夏姉特性のサラダにみそ汁に……ゴーヤ、チャンプルー? あれ、なんか想像してたのとは違ったけど、もっとスペシャルでゴージャスな料理が出てくると思ってたけど、その、いつもと変わんないよ。

 そんなガッカリ気味な私に対して、フラッチーはどこか嬉しそう。

〝おお、今日のご飯からは悪しきオーラが見えないね!〟

 えっと、それはつまり今まではそういうのが見えていたと……。考えるのやめよう。それよりお腹空いたよ。早く食べよう。

 食前のあいさつを済ませ、チャンプルーを口に運んだ。そして私は驚愕した。浅はかだった。その地味でお手軽な料理を、私は見縊ってしまっていたんだ。

 これは、今まで食べてきた中で一番美味しい。食べ慣れている料理なだけあって、それはハッキリと感じることが出来た。ゴーヤチャンプルーって、こんなに美味しかったのか!

「なんか、うまいな」

 それはお父さんも同じのようで、そんな感想を漏らしている。

「素材の違いでこんなに味が変わるの? それとも、何か作り方があるの?」

「そうだねぇ。色々あるけど、いいものを使うっていうのは大事だよね。体の中に入る物だから、安全じゃないといけないし。ね、姉さん」

 私の質問に答える事にかこつけた夏姉は、軽く言い聞かせるようにお母さんに話を振る。けれどお母さんは「そうね」とぶっきらぼうに返事をするだけで、全然興味を示さない。うんざりしたようにも見える。

 夏姉は私に教えてくれたことを、お母さんにも分かってもらおうとしている。対してお母さんは、意地を張ってそれを理解しようとせず拒み続けている。

 なんとかならないもんかねぇ。今後の食生活にも関わってくることだし、私も何か出来ることがあれば、夏姉の手伝いをしたいな。うん、そうだよ。私にも出来ることを探せばいいんだよ。お母さんのためにも、夏姉のためにも。

 そう考えた矢先に、私のお腹がくぅと可愛く唸った。とりあえず、今はご飯を食べてゆっくり休むとしよう。まだ半日しか経ってないけど、朝から色々あったせいで今日はもう疲れた。

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