このデパートは一階に食料品、二階から四階までが婦人用の服や化粧品で、その上に紳士服、書籍に雑貨など続いている。まあ、デパートの構造なんてどこも同じかな。
まずは服を見に行くために、三階へと移動する。フラッチーもそれについて来ていたが、色んな物に気を取られ、あっちに行ったりこっちに行ったりと、ふらふらと彷徨っていた。フラッチーだけに、ふらふら。……はい、すいません。
目的の売り場に到着し、それぞれ良さそうな服を探しはじめる。私は特に欲しい物があったわけでもなく、売り場を見て回っていた。
「うららー。ちょっと来てー」
かんなに呼ばれ、私は彼女のもとに向かう。
「なになに? なんかいいのあったの?」
「これ、マジかわいくない? あとこれとかチョー良いじゃん」
かんなは何枚かのシャツを手に持っていた。
キラキラしたのとか、ロゴの入ったのとか。
今着てるのもそうだけど、とにかく派手だ。
「いいんじゃない、似合ってるし」
「そっかなー。ちょっと違う感じなんだよねー」
「どっちなのよ!? さっきいいって言ってなかった!?」
「あ、あっちのやつ良い!」
私の言葉を聞かず、さっさと別の所に行ってしまった。
ほんと、気が変わるのが早いなぁ。
〝せわしない子だね〟
「同感」
手持ち無沙汰になったので、私も良さそうな服がないかと、見て回ることにした。
しばらくそうやっていると、なんとなく気になる服を見つけた。クジラの写真がプリントされたTシャツだ。
最近クジラって言葉がよく出て来ていたから、気を惹き付けられたのかもしれない。別に高くもないし、買っちゃおうかな。
「フラッチー、これどう? 似合ってる?」
そのTシャツを体に合わせ、フラッチーに見せてアピールする。
〝駄目だね〟
即答された。
「え、駄目……。そ、そんなに似合ってないかなぁ」
フラッチーの予想外の反応に、思わず戸惑ってしまう。最初は茶化そうとして言ったんだと思ったけど、フラッチーの真剣な様子から、真面目に言っているのだと理解する。
〝そういう問題じゃないんだよ、これは。うらら...それ、身につけて気持ち悪くならない?今うららが着てるのもそうだけど、この辺の服、あたしだったら絶対着ない!〟
って、服着てるイルカなんて見たことないけど。
「全然気持ち悪くなったりしないよ。するわけないじゃない」
〝本当? だって、全然合ってないんだもん。こう、波がさぁ...ジグザグで...磁石が反発しあうみたいな感じ?なんだか、危険なにおいがするんだよ〟
「何よそれ。お店で売ってるのって、買う人、消費者の安全を考えて作られてるんだよ。だから安心安全なの!って、習ったの!学校でね。」
そう。小学生の時に社会の勉強で習った。
習うまでもなく当然の事だと思うけど。
〝本当に危なくないって思ってるの? これ、何から出来てるの?どうやって作ってるの?...うららは、ちゃんと知ってるの?〟
「まぁ、材料は記載されてるじゃん。cotton...綿だね、綿。それから、poly..?えっと、ポリエステルだね、これ!畑で綿作って工場でTシャツになって、ここで売られてるのよ〜常識よ〜そもそも危ない物なんて売らないでしょーに。」
ここは普通のデパートなんだから。
どうしてそんなこと言うんだろう。
〝やっぱり、そんな妙なルールに縛られているから、分からないんだね〟
それは、どこか見下されてるような、諦められてるような感じがして、腹が立った。
「また、それ。フラッチーの言うルールってなんなのよ……!」
鋭い視線で、フラッチーを睨みつけてしまう。
と、その時、不意に後ろから声をかけられた。
「どうしたの、うららちゃん?」
「えっ?」
驚いて振り返ると、香澄が怪訝そうな顔をして私を見ている。やばい。さっきの、聞かれてたかもしれない。なんとかごまかさないと。
「な、なんでもないでござるよ!」
しまった! 緊張でつい忍者口調になってしまった! この前見たテレビのせいだ。これじゃ余計怪しまれたかもしれない。
「隠さなくったっていいんだよ、うららちゃん。テンション上がっちゃって抑えきれなくなっちゃったんだよね」
「だからなんでもな……え?」
「分かる、分かるよ! 近所の服屋さんにはこういうの全然売ってないし、取り扱いも雑だから、ここ来るとつい昂って来ちゃうんだよね! それで声を荒げてしまったんだよね!」
「あ、うん。そうだね」
なんか誤解されてるけど、フラッチーの事はバレてなかったようだ。とりあえず一安心。
「あんたはもう少し自重しろっ」
するとかんながやって来て、香澄に軽くチョップをいれていた。
「あいたっ! もう、叩かなくたっていいじゃない」
香澄が反撃しようとするも、あっさりと躱されてしまっていた。そうやってじゃれ合ってる二人を見て、私は落ち着きを取り戻し、仲裁に入る。
「まあまあ、買うもの決まったんなら、会計行こうよ」
「そうだね。次の予定もあるし」
香澄は手にいっぱいの衣類を持って、レジの方へ歩いていった。
「それ全部買うつもりかよ」
そう言いながらかんなもついて行く。
私は手に持ったままだったTシャツを元の位置に戻し、フラッチーの方をチラっと見た。フラッチーは何か言おうとしていたけど、話を続けたくなかった私は、その場を後に、二人について行った。
イラスト byTaka
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